便りがないのは良い便り~Pas de Nouvelles, Bonnes Nouvelles~ 忍者ブログ

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2026年01月18日
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夫婦とは。

2017年01月15日
2017年、1本目の4コマ!今年もどうぞよろしくお願いしますm(‗ ‗)m



本当はこれ、私と私の親友、夫の3人で作っているLINEトークルームの会話です。
日常生活が物騒なものに浸食されていく、「研究者と結婚するとこういうことが
起きますシリーズ」の続きでございます笑。
その1その2その3

尚、当ブログにちらほら出現している親友関連4コマはこちら:その1その2その3

私が小学生の半ばくらいからは、私の両親も仕事の関係で別居婚で、2世代続けて
別居婚だなあと思ったり。距離はあるけれど仲は良い両親を見ていて導いたのが、
「一緒にいる事だけが夫婦ではない」、という持論でございます。
(もちろん一緒に居られた方がいいけどね。)

私の周りには、別居婚で頑張る女子が沢山いるので、元気もらっています。
負けないぞー!


そしてそろそろモロッコ旅行の記事を書くんだ、夫よ!


拍手のお返事(追記)
>mkparis様
ご丁寧にありがとうございます。最近日本の方の東欧人気が高まってますが、
ウクライナに足しげく通われる方は貴重ですね笑。大した情報はないですが、
今後もウクライナ情報を発信していきたいと思いますので、お役に立てれば
幸いです!Noodle vs Marketing、最近全く行ってません…。




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冷えてます!

2016年12月23日


仕事帰りにジムによろうと思って、朝ウェアを持って出勤して、
屋外駐車場に駐車した車の中に一日ウェアを置いておいたらとんでもないことに。

冷蔵庫から出したようなウェアと水着とビーサン。一人小さく悲鳴を上げました。
冬は車の中にものを置いといちゃいけないですね。
(尚、バーニャ4コマも過去描いたので、興味ある方はこちら。)


今年は去年より寒くなるタイミングも早く、降雪量も多いような気が。
今年こそ、バナナで釘打ち&濡れタオルチャンバラ実験を実行したいものです。



ところで、スキャナの接続がうまくいかずに更新できないと書いた直後に、
ダメ元でドライバを再インストールしたら、スキャンできたので、本記事が
今年最後の記事となりそうです。

改めまして、今年お世話になった皆さま、ありがとうございました。
良いクリスマス&良いお年をお迎えください。

そして、来年もどうぞ我々夫婦と、このブログをよろしくお願いします!


さー!あと少し頑張ったら仕事納め!





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更新停止中

2016年12月22日
お知らせ


いきなりお風呂から下水が湧いてきて、心がぽっきり折れてお引越ししました。
そうしたところ、スキャナとうまく接続できなくなってしまい、4コマが
描けないという事態に陥っております。

ネットワーク復旧まで奥様の更新ストップします、申し訳ないです。
今年中にもう一度くらい更新したいところなのですが、できない可能性もある、
という事で、今のうちにご挨拶をば。

今年も当ブログにご訪問下さった方、暖かいメッセージを下さった方、
ありがとうございましました&お世話になりました。
良いお年をお迎えください&来年もよろしくお願いします。




≪拍手のお返事≫
佐藤様(お返事遅くなってごめんなさい)
世界はほんと自分の知らない出来事であふれていますし、いつの時代も
人間はおろかで悲しくなりますね。なるべく目を背けず、事実を知る
努力はこれからも続けたいものです。





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リトアニア訪問記③~KGB博物館~

2016年11月29日
夫が最近周囲の人に「ブログ書かないんですか」と言われている模様。
皆さん!もっと言ってやってください!笑。



リトアニア訪問記、最後は夫に「行けない俺の代わりに行って来てくれ!」と頼まれたKGB博物館レポートです。かなり気が滅入る内容なので、苦手な方はご注意下さい。


Google mapに登録しておいたナビを片手に歩いていくと、なにやら全面に字が彫られた建物が見えてきました。

近づいてみると、全て人の名前。リトアニア語の説明の上に、英訳を発見したので読んでみると…"May the names of Lithuanian patriots shot to death in this former KGB building bear witness to duty fulfilled to the motherland, its honour, freedom and independence"と書いてあります。簡単に訳すると、「この旧KGBの建物で銃殺されたリトアニアの愛国者達の名を、彼らが祖国の名誉・自由・独立の遂行に命を捧げた証として記す」、といったところでしょうか。

おっと、これは入館する前からなかなか暗い気持ちになれますね。

もう少し進むと、看板が。博物館の正式名称は"The Museum of Genocide Victims"です。 


更に進むと、沢山の花がたむけられた記念碑があります。リトアニア語しか書かれていませんが、文字列から推測するに「ソ連の占領時代」の慰霊碑のようです。


慰霊碑の横を更に進んでいくと、博物館の入口を発見。重いドアを開けて入ります。
 

入館料は4€。写真撮影は追加で2€です。夫の為に気を引き締めて進みます。1階&2階は常設展です。

リトアニアの第二次世界大戦頃からの歴史をおさらいしながら展示の並んだ部屋を進みます。リトアニアの歴史は、簡単に記せないほど複雑です。出来る限り奥様が付け焼刃で頑張って整理したWW1以降のリトアニアの歴史を記すので、長いですが興味のある方だけどうぞ↓

おさらいがてら、周辺地図をまず↓


1918年、第一次世界大戦中にロシア帝国から独立するも、その後ポーランドに侵攻され、現在の首都ヴィリニュス(南東部)を失い、首都をカウナスに移す。その後1939年にナチスに侵攻され西部都市クライペダを失う。同年、ソ連が侵攻し、ヴィリニュスはリトアニアに一旦返還されるも、すぐにソ連占領下で独立を失う。しかし、翌年1940年、ドイツがソ連侵攻開始、バルバロッサ作戦を展開し、リトアニアは一転ドイツ占領下となる(この間ホロコーストでリトアニアのユダヤ人20万人弱が殺害される)。1944年、再びソ連が侵攻、リトアニアはソ連に編入される(以降、パルチザンがソ連当局と戦いを繰り広げ、多くが逮捕・強制追放される)。その後、1986年のゴルバチョフによるペレストロイカ以降、漸く徐々にリトアニア国内で独立運動が活発化し、1990年に独立回復宣言がなされると、翌年ソ連はKGB部隊をヴィリニュスに派遣しテレビ塔を攻撃、13名の市民が犠牲となる(血の日曜日事件)。翌1991年、ソ連は漸くリトアニアの独立を承認した。

リトアニア国内の都市の位置関係が分かるよう、↓もご参考まで。
 

ご理解頂けたでしょうか?このナチスとソ連に一体何度侵攻されれば良いのかという、血みどろの歴史。大国ロシア・ポーランド(&ドイツ)に挟まれる恐ろしさ。

そしてナチスドイツ侵攻以降、リトアニアで犠牲になった方々の統計はこちら↓

ざくっと引用します。
■ソ連時代:逮捕・尋問・投獄→20万人(内死亡者→2~2.5万人)、強制移住→13.2万人(内死亡者→2.8万人)、殺害されたパルチザンとその協力者→2.2万人
■ナチス時代:投獄・強制収容所送り→3万人、殺害→24万人(内ユダヤ人20万人)、強制労働所送り→6万人
ぞっとしませんか。だって、リトアニアの現在の人口はたった3百万人弱ですよ。
 

このKGB博物館は、ソ連に編入された後の暗い時代の証拠の一つです。
左下写真はソ連に編入されていた時代のリトアニア(リトアニア・ソビエト社会主義共和国)のマーク。右下の写真は、当時のリトアニア共産党の組織図。
 

KGB職員の机の再現。レーニンの顔が描かれた新聞、手錠、拳銃と黒電話。
 

コートを預けられるクロークの上には、KGB職員のコートが飾ってありました。
 

こちらは、ソ連時代の諜報活動を担っていた、秘密警察の盗聴担当者の部屋。
リトアニアが舞台ではなかったですが、「善き人のためのソナタ」という映画を思い出しました。東ドイツで盗聴を行っていたシュタージ(秘密警察)の主人公が、盗聴先で流れる音楽の美しさに徐々に心がゆらいでいくというストーリー。良作なので、おすすめです。




そして、ついに私が最も恐れていた場所、KGBの地下房へ。夫はラトビアのKGB博物館も訪問したのですが、その際のKGB地下房は予約制で入れなかったらしく、ぜひとも俺の代わりに!と言われたので、気が進まないものの、薄暗い階段を下りてゆきます。


うっ!早々に独房(↓写真左)。懲罰用でしょうか。試しに入って扉を閉めているおじさんがいました、勇気あるなあ。私は無理です。それから、警備員の部屋にはKGBのコートがかけてあります(↓写真右)。


細長い廊下には、監視窓のついた嫌な色のドアが開かれています。うう、進みたくない。


ソ連時代は様々な人が収監されていました。いくつかの独房は、特定の人々を収監していたようで、3番独房はユダヤ人用の部屋だった模様。それ以外にも聖職者(ソ連時代は宗教に対する弾圧があったので)を収監する部屋なんかもありました。
 



更に進んでいくと、収監時を再現した独房が…。


うっ、更なる難所。拷問に使われていたと思わしき、防音・遮光加工のされたお部屋…。ドアはクッションみたいになっていて、閉じてしまうと、叫んでも外には全く聞こえません。なんだか、染みみたいなのが沢山見える…よし、見なかった事にしましょう…。



廊下の行き止まりまで進むと、捕まって殺害されたパルチザンの方々のお写真が飾られています…。写真は撮りませんでした。というか、正直直視するのが辛いほどの、蜂の巣状態&拷問後のお写真の数々…。目を背けて、ルートを進みます。


もはや半泣きになりながら、進む奥様。次は…ぎええー!行きたくない!!
処刑場はこちら、の看板。ドアは薄暗いし、誰もいないし、無理無理無理ー!(涙)
 
(奥様は、「アイアムアヒーロー」の1巻を読んで3晩連続うなされたほどの怖がりです。)
夫に「行かなくていい?」とLINEしてみるも、「せっかく来たんやから行きーや」とすがない返答。勇気を出して、薄暗いドアをあけます…。



入口には処刑執行日、名前等が実に無機質に記載されたタグが掲げられています。

そして処刑場、思っていたのと違いました。壁に穴が空いているだけ。
きっと、ここに人を立たせて、頭を撃っていたのでしょう。大人の人間の頭の高さあたりに、壁の穴は位置しています。なんだか黒っぽい染みの事は、やはりこの際深く考えない事にします。

一体ここで何名の方が命を落としたのでしょうか。
統計のパネルによると、ソ連による占領時代に逮捕されて亡くなった方の数は2万~2万五千人…。もう一度言います、リトアニアの現在の人口はたった3百万人弱です。恐ろしい数の人々が不当に逮捕され、拷問され、亡くなっていった事を考えると、涙が出ます。

うっ…なんて負の遺産…(涙)。ポーランドでアウシュビッツを見学した時、カンボジアでトゥールスレン(クメールルージュの強制収容所)を見学した時と同じ、息苦しく、胸が痛くなり、勝手に涙が出てくるような場所でした。


人間のおろかさについて、改めて思いをはせ、この時代に生まれなかった事にほっとし、生き抜いた方々へのリスペクトを胸に、KGB博物館を後にしたのでした。


The Museum of Genocide Victims
http://genocid.lt/muziejus/en/




以上、これにてリトアニア訪問記終わり。残るエストニアもいつか制覇します!


◆バルト三国訪問記
◇ラトビア編
バルト海の真珠:ラトビア・リガへ~その1~
バルト海の真珠:ラトビア・リガへ~その2~

◇リトアニア編
リトアニア訪問記①~シャウレイの十字架の丘とカウナス~
リトアニア訪問記②~首都ヴィリニュス街歩き~
リトアニア訪問記③~KGB博物館~(このページ)




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リトアニア訪問記②~首都ヴィリニュス街歩き~

2016年11月26日
今日は首都のヴィリニュスの街歩きをします。小さな街なので、1日でメインどころは回れます。旧市街自体が世界遺産(文化遺産)となっています。

早起きタイプの私は、夜明け(8時頃)と共に、街歩きスタート!まずは、ヴィリニュスの街の中心ともいえる、ヴィリニュス大聖堂(写真左下)。中はこんな感じ(右下)
 



通り過ぎて、旧市街の小道に入ります。暖色系の壁が並んでいて、なんとも素敵。




街にある色んなものがおしゃれに見えます。メガネわんこに、ポストさえ可愛いなあ。


劇場入口の像はちょっと怖いけど…。




次に訪れたのは、赤レンガが美しい、聖アンナ教会。




聖アンナ教会の脇を通って、小さな橋を渡るとそこは…

ヴィリニュスの中に存在する小さな共和国、ウジュピス共和国!!
といっても架空の共和国。アーティストの多く住む地域で、4月1日だけは入国に際してパスポートが必要だとか(スタンプも押してくれるらしい!)。一応憲法も存在しているとか。

1枚目写真の右上にある手のマークがウジュピス共和国のマークのようです。

こちらの人魚の銅像は、見つけると幸せになれるんだそう。




ウジュピス共和国からまた旧市街に戻り、旧市街を上から見晴らせる場所はないだろうか…と思い、ウロウロして見つけたのがこちら。丘の上にあるゲディミナス城。


石畳の小道を歩いてのぼります。かなりの足ツボ。スニーカー必須。
 

外はダウンコートの気温ですが、上りきる頃には汗をかいてました。


こちらが、頂上からの景色。旧市街の赤い屋根を一望できます。美しいなー!





そしてそして、ショッピングタイム。私は各国で小物(アクセサリーや服や靴等)を買うのが大好きなのですが(自分の身の回りを構成するモノが、少しずつ日本のものではなくなっていく過程が楽しい)、ヴィリニュスの目抜き通り、Gedimino通りにあるショッピングモールで、リトアニアデザイナーのセレクトショップを発見!!

アクセサリーやバッグ、リネン、服、食器等々、色んなおしゃれなものが売っています。
私はこちらのアニマルすり鉢に一目ぼれしてしまって、すり鉢なんてほとんど使わないのに、うっかり一匹買って帰りそうになりました。



私が買ったのはこちら。左下のスウェットは夫用に。この人々は、お店の人に聞いたところ、ユーロ導入前のリトアニアの通貨、リタスに描かれていた偉人達。そして右下のTシャツは私に。リトアニア語で「どういう意味?」って書いてあるそうです。おしゃれでかわいい!
 
それ以外にも食器と、友達用にいい香りのするクリスマスキャンドルを購入。全体的になかなかリーズナブルなお値段でした。(Tシャツやスウェットでそれぞれ約30€くらい)

GO9(モール)
http://www.go9.lt/en/

LOCALS.LT(リトアニアデザイナーのセレクトショップ)
http://www.go9.lt/en/clothing-footwear1/locals-lt-3/?ne19969=12


あと、すごく悩んで買わなかったけど、リトアニア発、バルト3国を中心に展開しているアンダーウェアのお店、ABOUTもありますよ!買えばよかったかなーと今更ちょっと後悔。

ABOUT(Baltic Underwear)
http://www.aboutwear.com/en



ラトビアに行ったときも思ったけど、バルト三国のセンス、西欧とは一味違って素敵だなー!たまりません。残るエストニアも絶対に楽しいはず…!!


という事で、街歩き編終わり。次回はおまけのKGB博物館についてです。



◆バルト三国訪問記
◇ラトビア編
バルト海の真珠:ラトビア・リガへ~その1~
バルト海の真珠:ラトビア・リガへ~その2~

◇リトアニア編
リトアニア訪問記①~シャウレイの十字架の丘とカウナス~
リトアニア訪問記②~首都ヴィリニュス街歩き~(このページ)
リトアニア訪問記③~KGB博物館~




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