「英雄都市」キエフのゆくえ 便りがないのは良い便り~Pas de Nouvelles, Bonnes Nouvelles~ 忍者ブログ

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2024年11月28日
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「英雄都市」キエフのゆくえ

2016年06月09日
ご存知の通り、ウクライナはかつてソ連を構成する共和国として、1941年から45年まで第二次世界大戦(「大祖国戦争」)を戦い、ナチス・ドイツに勝利しました。

キエフは、特にドイツ軍に激しく対抗して勝利したということで「英雄都市」の一つとして数えられています。英雄都市にはそれを記念する様々なモニュメントがあります。

下の写真は「英雄都市」であることを示すオベリスク。ここはよく車で通過するのですが、降りて写真を取る機会がなかったので思わず撮影。この大通りの名前も「勝利通り」といいます。




そしてこの通りを郊外に向けて走り続けると、右手に「ソ連兵士の記念碑」が出てきます。


ここには「英雄都市・英雄要塞」の紹介とオベリスクの写真が飾られています。
ちなみに英雄都市・要塞はキエフ以外に、

オデッサ、ケルチ、セヴァストポリ(以上ウクライナ・ロシアが実効支配中のクリミア)

サンクトペテルブルク、ヴォルゴグラード、モスクワ、ノヴォロシースク、ムルマンスク、スモレンスク、トゥーラ(以上、ロシア)、

ミンスク、ブレスト(以上、ベラルーシ)

があります。



最近ウクライナでは、「共産主義」を象徴するものや建物がどんどん取り壊されています。昨年には「脱共産化」の法律も議会で採択され公にこのようなことが起こっているのです。下の戦車もこの前まで「我らソビエト祖国のために!」という文字が記されていたのですが、黒塗りにされていました。



街なかに英雄都市としての遺産が多々あるキエフですが、今後どんどん壊していくのでしょうか。「ソ連的なもの」から脱したいということで象徴的なモノをどんどん壊したい気持ちはわからなくはないのですが、まずは実態としてのソ連的な旧態依然の政治社会システムを改革のほうが先でしょと突っ込みたくなります。





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