バビ・ヤール 便りがないのは良い便り~Pas de Nouvelles, Bonnes Nouvelles~ 忍者ブログ

バビ・ヤール

2016年02月09日
キエフ市北西に位置する「バビ・ヤール」公園に行ってきました。
市内中心部から車で10分ほど。

ここはナチスドイツによるユダヤ人虐殺の地です。

ウクライナは、ソ連、そしてナチスドイツによる虐殺の地でありました。このあたりの歴史については、最近日本語で出た、T・スナイダー『ブラッド・ランド:ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』に詳しく書かれています。

1941年9月にナチスがキエフを占領すると、この地に残っていたユダヤ人をバビ・ヤール渓谷に召集し、9月29日・30日の二日間にかけて、3万3771人のユダヤ人を銃殺し、渓谷を削って死体をその場所に埋めました。ホロコーストについては、特に日本では、アウシュヴィッツのようにポーランドの強制収容所における虐殺が知られていますが、「バビヤール」は一件で最大の犠牲者を出したされています。

その後もここではソ連の捕虜やロマ人、ウクライナ民族主義者も虐殺され、43年11月のソ連がキエフを占領するまで残虐行為が続いたと言われています。

ただ、ソ連は「ユダヤ人虐殺」を認めず、ソ連市民に対する残虐行為として事件を扱いつづけました。それゆえ、以下のモニュメントは1976年のソ連時代に建立されたものですが、「ユダヤ人虐殺」には触れていません。


そしてウクライナが独立してはじめてユダヤ人虐殺が初めて認められたのです。
ユダヤ人にとっては「二重の被害」を受けたと言えるでしょう。







夏に訪れた時のバビヤール。


バビヤールで殺害された子供達の記念碑。


「バビヤール」と聞いて、ショスタコービッチの交響曲第13番を思い浮かべる方もいるかもしれません。


ショスタコービッチは、ユダヤ人虐殺に対するソ連の無関心を告発するエフゲニー・エフトゥシェンコの詩「バビヤール」に音をつけて発表しました。

エフトゥシェンコの詩「バビヤール」は以下の一文で始まります。

「バビヤールに記念碑はない。切り立つ崖は荒くれた墓標だ」

いまは市民が集ういたって普通の公園ですが、そこには悲しい歴史が眠っています。




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