ウクライナ観光 便りがないのは良い便り~Pas de Nouvelles, Bonnes Nouvelles~ 忍者ブログ

オデッサ女子旅その1~オデッサ市内観光~

2017年11月15日
前々から夢見ていた企画があり、それに賛同してくれた心優しき女子2名とともに、久々に「黒海の真珠」と呼ばれる、オデッサを訪問してきました。


と言うわけで、時間がたってしまいましたが、9月に実行した飲んだくれオデッサ女子旅の記録をここに残しておこうと思います。
Cさん&Kちゃん、本当にありがとう。この記載/写真は消してくれ、というのがあれば連絡ください笑。


***


さあさ、旅の始まりです。金曜日の夜、全く働く業界の違う、年齢もバラバラの3人のガールズが、仕事後すっぴんかつほぼパジャマみたいな格好で旅客駅前集合です。



はいはい、オデッサ行き!ありましたー。


こちらが我らの乗る電車。毎度おなじみウクライナカラーです。

4人部屋のコンパートメントを貸しきって、出発です。CさんがDLしてきたミュージカル「マンマミーア!」をかけながら、わいわいがやがや、たまに歌いながら、仕事、家族、人間関係、恋?…ガールズトークです。楽しい!!(TдT)!!こういうの長らくやってなかった!!



そして、夜中に酔っ払いたちは疲れ果てて寝ました。朝の到着も早いしね。




***



はい、朝6時半のオデッサ駅。キエフから南に約450kmです。
 
朝日がまぶしい…浮かび上がるは3人のひどい顔…(内、1人は二日酔いで瀕死)。早くも大丈夫かなー?って感じのスタートです笑。


駅の正面は立派でした。
 

朝イチで借りてたレンタカーをゲットして、早速最初の目的地へ向かいます!!


 
なんて綺麗な朝焼け…。身に沁みる…。


 
最初の目的地は海辺のカフェ!まだ他は何もあいてないから、とりあえずコーヒーを飲みに。


2016年に出来たばかりのカフェはこちら↓

Terrace. Sea View
http://terraceodessa.com/



尚、インスタ映えの定義を間違えた写真がこちら。※朝7時前です。





そして次の目的地は朝ごはん!オデッサといえばここ!というカフェに向かいます。


Kompot(コンポート)
http://www.kompot.ua/en/
チェーン店で、オデッサにも複数店舗、最近はキエフにも店舗があるようです。

可愛い店内。
 
我々はオデッサヤギのチーズをふんだんに使ったオムレツを頂きました。ボリュームたっぷりでした。



それから、ぶらぶらとオデッサの街を歩きます。あまり大きな街ではないですが、とても古くて歴史を感じます。プーシキンやゴーゴリもこの街に滞在していたのだそう。

まずは、パサージュと呼ばれる場所。


まあ、何ってことはないんですけど、美しいデザインの建物が並んだ小道です。
 



適当にぶらぶら歩いたりします。なんていいお天気なんだろう。
こちらは救世主顕栄大聖堂。
 



青空にはえますねー。こちらは、セント・ポール・ルター協会。




それから、前回蚤の市めぐりをした際にある方に、「オデッサの蚤の市も規模が大きいらしい」と聞いて、少し離れていますが、蚤の市に立ち寄ります。

ついつい古本に目がいってしまう。


延々と続く蚤の市。特にペット市が圧巻でした。
 
両側に並ぶあらゆる動物!季節的に少し成長した子犬や子猫がいっぱいいて、私はめろめろだったのですが、生きてるうさぎとうさぎの肉(皮をはいだもの)、生きてる鳥と鶏肉を並べて置かれる、みたいなのがどうしても駄目だったKちゃんは、小さな悲鳴を上げながら下を向いたり上を向いたりしながら、目に入れないように歩いていました。



そして、オデッサの一番の観光名所まで戻ってきました。ここ!!

そう、ポチョムキン階段です。「戦艦ポチョムキン」という白黒映画で乳母車を突き落とすシーンが有名です。

気になる方は下記過去記事の項目③戦艦ポチョムキンをご参照:
ウクライナを舞台にした映画たち


階段のところには、こんなプレートも。



ちなみに、上から見ると踊り場しか見えない、下から見ると踊り場が見えず段差部分しか見えない、という面白い設計になっています。(私の写真だとわかりにくいけど。)




階段の上には、オデッサの町を切り開いた、エカテリーナ2世の銅像が。


ちなみにオデッサは横浜と姉妹都市なんですよ!



そんな感じで、オデッサ市内観光終了。車を飛ばして、次の目的地へ向かいます。オデッサから更に南へ…!(次回へ)




オデッサは2回目なのですが、前回の訪問記(夫が書きました)もご参考までに:
風は南から:「黒海の真珠」オデッサへ〜その1〜
風は南から:「黒海の真珠」オデッサへ〜その2〜






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バイコヴェ墓地散策とドニプロ川くだり

2017年09月26日
最近キエフも見つくしたかなあ…などと思っていたところ… 


カフェで素敵なキエフガイドブックを発見!


ウクライナ人による英語のガイドブックです。キエフのおしゃれカフェなんかに置いています。



すると、未訪問の面白そうな場所がある事に気付きました。


墓地!!


という訳で、お天気の良い週末に出かけます。1人だけど墓地!!
私は割りと墓地が好きなのですが、このバイコヴェ墓地は今まで訪れたことのないタイプの墓地でしたので、備忘録&共有がてら書き残します。

墓地の住所はBaikova St, 6です。


入口はこんな感じ。



進んでいくと、「あ…これは日本の墓地とは違う…」と一瞬で気付きます。


そう。銅像だらけなのです。

死ぬ前に、本人が指定するのか、遺族がデザインするのか、はたまたそのどちらもか、分かりませんが、興味深いですね。


年代が違うと銅像や墓石のスタイルも違います。

ソ連ぽさがにじみ出てたり。



頭かかえて作曲している作曲家がいたり。


この人は多分作家さんかな。大きな羽ペンが下に彫ってある。
緑と花に埋もれててすてきだ。



他にも、サッカーボールの形したモニュメントがついているお墓があったり、バレエシューズの絵が彫られている墓石があったり。大小さまざま。

ここに眠っている方々が、何を愛して、どんな人生を歩んだか、少しわかるような気がして、こういうお墓もいいなと思いました。

顔がわかると、孫とかひ孫とか、会えなかった子孫とかが、「ああ、こんな顔してたんですね」と親近感わくようなお墓ってよくないですか?



うんうん、久々に面白い開拓をした!お天気のよい日には楽しいお散歩となりました。






それから、もう一つ、キエフでやりたいけどやったことない観光がありました。

そう!夏のドニプロ川くだり!!


こちらは長らく改修工事が続いていた川の駅(っていうと上司に「それは港っていうんだろ」とたしなめられるのですが、ここばっかりは川の駅という表現が正しいと私は思っている)。
ついに工事も終わって、行ってみたいと思ってたのです。

メトロ駅だと、Poshtova Ploshchaが最寄です。


川の駅のソ連っぽい壁画。




ロンドンから来た友人が「付き合うよ~」と言ってくれたので、いざ乗船!

いくつかコースがありますが、大体1時間くらいのものが多いです。1時間だと100グリ(400円強)くらい。


我らの乗る船はこちら。
 



簡易椅子とテーブルが置いてあって、店内はゆるいウクライナポップスがかかっています。



働く女子の苦難と楽しみ、行ってよかった旅先、これから行きたい旅先、恋バナ等々の女子トークに花を咲かせながら、クルーズ。


キエフ名物のペチェルスカ修道院のキラキラタマネギ頭と、祖国の母像が見えます。
「ちょっと!手前で釣りしてる人裸じゃない!?」と思わず凝視する我ら。


おだやかに流れる時。



ビーチにはちらほら人が(暑い日だったので)。ドニプロ川で泳ぐ人は割りといます。



すれ違いざまの船に乗った人が手を振ってくれます。



なかなか快適で優雅な1時間でした。






それから、久々に欧州一深いというキエフメトロのアルセナルナ駅の探検もしました!




トークンを購入。



ちなみに値上がりしていた。私が来たばかりの頃は2グリ(当時約10円)だったよ…。



エスカレーターが高速すぎて、乗る時息を止めて飛び乗るほどです。怖い笑。


しかも冷戦時代にはシェルターとして使われていたので、ものすごく深い。
一体どのくらいエスカレーターに乗っているのだろうと思って携帯のストップウォッチで計ったら、5分も乗ってた笑。


この駅は薄暗いけど、駅によってはシャンデリアとかあって、ゴージャス。


愛国カラーのキエフメトロ。


最近あまり乗ってないけど、楽しかったです。もはやアトラクション笑。
ぜひ皆さんもキエフに来たら、高速エスカレーター体験してみてください。




キエフの地下鉄については、過去何度か取り上げているので、気になる方はどうぞ:
キエフの地下鉄 / 地下鉄(4コマ) / 違和感の正体(4コマ)




<<拍手のお返事>>
>Donan様
有難う御座います。キエフの素敵なところをお伝えできるよう引続き頑張ります!

>N子
やはり。今年は積極的に消費する戦略で行こうと思うよ…。
じゃないと調味料類はほんと無理。お好みソース何本あるのか笑。








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ユダヤ人の巡礼地ウマニへ

2017年08月10日
私には血の繋がらないユダヤ人の叔母がいる、という話はこのブログでも何度かふれてきましたが、彼女から聞き、そしてLonely Planetで読んで、ずっと気になっているウクライナの街がありました。

それがウマニ(Умань)です。

ウマニは、キエフから車で南方に約2時間半(約200km)ほど進んだところにあります。


なぜ有名なのか。
それはこの街には、ユダヤ人に人気のラビ(ユダヤの宗教的指導者のこと)のお墓があるからなんですね。それゆえ、沢山のユダヤ人が世界各国から、なんとその数1万人超!が、ウマニに巡礼に来るとのことなのです。



確かにユダヤ歴のお正月(9月ごろ)になると、キエフの空港は全身真っ黒な服を着たユダヤ人の家族でいっぱいになるのです(乗ったフライトの9割が黒装束の方だったことがあります…)。
巡礼のために来ていたのですね。


というわけで、「ウマニにいってみたい!」と言い続けていたら、仲間が増えたので、スーパーご近所な4人でウマニへ日帰り散策しに行きました。


出発進行!



道中にはベリー売りのみなさんが。



ナビにしたがっていくと、めちゃくちゃガタガタ・ボロボロの坂道があらわれます。本当にここなのだろうか…?と思いつつも、進みます。




すると、なんということでしょう!ポスターが!突然ヘブライ文字に!!!


レストランも、看板もみんなへブライ文字!!!ここは・・・どこ!?まさかイスラエル!?と錯覚するような空間に出てしまいました。

※ヘブライ語ではなく、イディッシュ語なのだと思います。



うろうろしながら、ようやく見つけたシナゴーグ(ユダヤ人にとっての教会ですね)。どうやらここが聖地と呼ばれる場所のようです。セキュリティのおじさんが1人いますもんね。



よく見ると、注意書きが4言語~ヘブライ/イディッシュ(←私にはどちらか判別できず)、フランス語、英語、ロシア語~で書かれています。これは、いかに多くの国から、この場所を訪れる人がいるのか、という証明のようで、わくわくしてきます。



シナゴーグの中は男女別々になっています。男性は左側、女性は右側の細い通路を進みます。



本当に細い…。前には1人、訪問者と思われる女性が歩いていきます。



このシナゴーグ随分老朽化が進んでいます。ここが聖地…と呟きたくなるほど。

さて、ここに埋葬されているラビ、ナフマンという人は一体どういう人だったのでしょう?
Wikipediaによれば、「ブレスラフ派と呼ばれるハシディズムの一流派を創設した人物」及び「現在では宗派や信条の違いを超え、ユダヤ教で最も人気のあるラビの一人」とあります。
ハシディズムはユダヤの超正統派活動のことですね。

私のガイドブック(仏語版Lonly Planet←情報量では超優秀です)や、後述する赤尾先生の論文による情報をまとめると、ナフマンは1802年にウマニに移住し、自らを指導者とするブレスラフ派を創始、38歳という若さにして結核という不治の病におかされた彼は、死の淵、彼の墓を参るものを誰でも救い、守護すると約束したそうです。

ウマニという地を死地に選んだのは、この地がウクライナにおける最悪のポグロム(東欧におけるユダヤ人への迫害のこと)の一つとして多くの犠牲者を出した地だから、と言われています。
1768年、ウマニの約2万人のユダヤ人とポーランド人貴族が、ウクライナ人(主にコサック兵やポーランド人貴族の支配に反発したウクライナ人達)によって虐殺されたとされていて、ナフマンはこの彷徨える殉教者達の魂を慰めたかったのだと言われているそうです。

このあたりは私の付け焼刃な知識ですので、もっと知りたい方は、本記事の終わりに参照論文等を記載しておくので、適宜ご参照ください。




さてさて、予習はこのへんで。



これが建物の入口(私が思いっきり写っちゃってますね。ははは。)で、入ると小さな給湯コーナーみたくなっていて、もう一つ扉を開けないと、中には入れません。扉には中での注意事項が色々と書かれています。



中に入ると、管理者らしきおばさんに、巻きスカートを渡されたので着用。(無料でレンタルしてくれます。ロングスカートじゃない方は着用必須です。私はジーパンの上から巻きました。)

十数人の女性達が、祈ったり、勉強したり、おしゃべりしたりしています。
さて、ラビのお墓はどれでしょう…?


お勉強コーナーには、トーラーが沢山置かれた本棚が。
 



奥に進むとありました、ラビ・ナフマンの棺。
女の子が泣きながら体を預けているのが、その棺です。エルサレムでダビデ王の墓を見たので、ぴんときたのですが、もし訪問していなかったら、これが棺と気付かなかった可能性もあります。イスラエルを訪問しておいて良かった…。

棺の半分は女性エリア、もう半分からは男性エリアからふれられる様になっています。



こうして、涙を流しながら祈る女の子もいれば、もくもくと座って本を読んでいる人もいれば、棺の前で集まって自撮りしているおばちゃん集団もいて、厳かというより、庶民的?雑多?という印象を受けました。


おばちゃん集団のおしゃべりに耳を傾けていると、フランス語である事に気付いたので、思わず話しかけてみました。
「フランス語を話されていますが、フランスから来たんですか?」
すると、おばちゃん達、こんなウクライナの田舎町でフランス語で話しかけられるとは思わなかったのか、驚いていっせいに喋りだします。
「違うのよ!私達イスラエルから来たの!」
「あなたも祈りにきたの?ここは偉大なラビのお墓だもの!」
「え?ユダヤ人じゃないの?でも、ここを知っているなんて素晴らしいわ!」
等々、おしゃべりおばちゃん達ノンストップ。

そして、ユダヤ人の叔母が言っていた、最近フランスでアンチ・セミティズム(反ユダヤ主義)が高まっており、シナゴーグやユダヤ人への襲撃が相次いでいるため、恐れてイスラエルに移住する人が増えている、という話を思い出していました。
もしかしたら、おばちゃん達は、第二次世界大戦前後の迫害を受けて、移住した人たちかもしれないけど…。
(そして、昔パリで叔母に連れていかれた「アンチ・セミティズムに反対するデモ」のことを思い出しました。私の生まれて初めて参加したデモでした…。)


シナゴーグ滞在時間はたった15分くらいでしたが、自分が何処に居るのかわからなくなる、不思議な時間でした。



このウマニという場所について、歴史的背景含め、もっと詳しく知りたい方は、赤尾先生という方がいくつか論文を書かれているので、ご参照ください。Webに載っているものは↓に載せておきます。私もこれらを読んで予習させて頂きました。
(論文内の地図がお役立ちです。この地図がなかったら、たどり着けませんでした笑。)

1)「ウマン巡礼の歴史―ウクライナにおけるユダヤ人の聖地とその変遷―」
2) 「「帰郷」の中のディアスポラ―ウクライナにおけるユダヤ人巡礼と競われる二つの聖地 ―」


また、ナフマンが残した言葉がまとめられたサイトも発見したので、興味ある方はどうぞ。
ラビ・ナフマンの言葉




さて、小難しい話は終わり!ウマニで有名なものは、もう一つあります。
それが、ソフィーウカ公園!ウクライナ人に「ウマニに行きたい」というと、大抵は「公園でしょ?」と言われます。(ラビのお墓は少数派…)

ウマニは長らくポーランド領であったのですが、ポーランドの伯爵が美貌で有名だった愛する妻の為に作ったとされる公園が、このソフィーウカ公園です。奥様の名前がソフィーさんだったんですね。(調べたら3番目の奥さんだそうです。)


にぎわっています!お土産の出店がいっぱい。マグネットコレクターのわたくしは、もちろん一つ買いました。



面白かったのはこちら。約150円くらいで、ソフィー様になりきる衣装の貸し出し笑。
(服の上からの超簡単着用で1分で着れて、めちゃくちゃ沢山種類があります。)
伯爵になれる衣装も勿論ありますよ!ちなみに伯爵はスタニスワフ・シュチェンスヌィ・ポトツキ伯というお名前だそうです。

お店の人いわく、ソフィー伯爵夫人は、月曜日は赤いドレス、水曜日は緑色のドレスを着ていたそうです。友人と二人で着たんですが、緑ドレスを着た友人の承諾をとってないので、ひとまず赤いドレスの私の単独写真だけ載せます。インスタに載せたら友人達に大好評でした笑。


洞窟もありました。入ると、奥が滝になっています。マイナスイオンでてそう。


カップルや家族連れ、友達同士がみな、セルフィーのベストショットを求めてうろついています。


ボートを借りることもできます。白鳥が優雅に泳いでいるのを横目に、ぶらぶらと歩く我々。


花が咲き乱れ、美しいです。はー、心が癒される。

ざっと一周するのに1時間以上かかりました。ピクニックなんかに良さそうです。

そんなこんなで、公園とウマニ別れをつげて、キエフへの帰途についたのでした。
さて、これにてウーマニ訪問記終わり!マニアックな記事になってしまいましたが、ご容赦を!


(余談:ところで、調べたらウクライナ海軍のミサイル艇にも「ウーマニ」って名前のやつがあるそうです。)



ウクライナにおけるユダヤ関連情報に興味のある方は、以下の過去記事も良かったらご参照ください。
「バビ・ヤール」
キエフでのツアー情報なんかをチェックすると、ユダヤにゆかりのある場所巡りのツアーなんかもあります。


イスラエル訪問記も参考までにリンク残しておきます。
◆イスラエル旅行記
イスラエル訪問記①~地中海を臨むおしゃれ町、テルアビブ~
イスラエル訪問記②~3大宗教の聖地、いざエルサレムへ~
イスラエル訪問記③~エルサレム旧市街とパレスチナ、聖地巡り~
イスラエル訪問記④~ユダヤ関連あれこれ~





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そうだ、ジトーミルにいこう!〜(おそらく)ソ連製ミニ遊園地〜

2016年08月13日
ジトーミル編その②

ウクライナに来て、はじめてソ連製(おそらく)観覧車に乗りました。


現場は「ガガーリン公園」のなかにあるミニ遊園地。市民の憩いの場のようです。


ガガーリンの「なんと美しい惑星だろう。この美しさを壊さず、残して、さらに増やそう」との言葉が右端に刻印されています。


そして公園のなかでもひときわ目立つ観覧車。下から見る限り、日本の遊園地などにある観覧車に比べてものすごく小さいので、そんなに怖くないだろうと思って、奥様に「せっかくだし、乗ってみる!?」と提案。奥様は「あんた絶対怖がりやから、無理やって」と。


そう、私は高所恐怖症。でもソ連時代に出来たと思われる観覧車にどうしても「経験」として乗ってみたかったのです。奥様渋々承諾。一人、10UAH(40円ほど)の激安。この安さでいかにメンテナンスをしているのか、その点は不安だ。


乗ってみて気づいたこと。

その①:ワゴンに仕切りがない。つまり、吹きさらし。不安。
その②:全体的に錆びている。ペンキも剥がれている部分有。不安。
その③:皆が360°の風景を見渡せるように、ハンドルを回せば、座席が回転する。恐怖。


その④:低いと思っていたのに、場所が街の高台にあるので意外と高く感じる。恐怖。
その⑤:てっぺんに来ると風を感じる(理由はその①の通り)。恐怖。


その⑥:降りるとき、錆びた部分が「ぎぃーぎぃー」いってる。早く降りたい。

ということで無事生還しました。

奥様には「せやから言ったやん!」と怒られてしまいました。わしは子供か。

やっぱり、こちらの子供用の観覧車に乗ればよかったかしら...






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そうだ、ジトーミルにいこう!〜宇宙博物館編〜

2016年08月12日
先週の「チェルニーヒフ」に続き、キエフから2時間以内で行ける街「ジトーミル」にぶらっと行ってきました。

ジトーミルの場所はこちら。なにか大きな目的があってこの街に向かったわけではないのですが、我が家にあるフランス語版「ロンリー・プラネット」でも一応紹介されていたので興味を持った次第。



道中はいつもどおりのヒマワリ畑!

ですが、もう夏の終わりでしょうか、ヒマワリに元気がありません。悲しい色になっています。それでもなんとか局地的に咲き誇っているところをウクライナ国旗とともにパチリ。


日曜午前に家を出発したので、比較的道路も空いていて、キエフから1時間半で到着しました。到着してみてびっくり、google mapで比較的大きな文字で書かれていたのに、想像よりも田舎町。で、ここで何をやるか。さっそくこの地の観光スポットを調べてみると、ここは教会はランキング・トップにきていません。

なんと1位に輝いていたのは、セルゲイ・コロリョフ記念宇宙博物館
そう、あのコロリョフです。米ソ宇宙開発競争真っ只中で、ソ連の宇宙開発を主導したコロリョフ。R-7を開発し、西側に「スプートニク・ショック」を与えた彼の出身地が、なんとジトーミルだったのです!

博物館の前にはコロリョフの胸像とR-5ミサイル!


それにしてもこの博物館、ロケット模型(手前と奥におります)がなければ、絶対気づかない...


こちらはキューバ危機の引き金になった準中距離弾道ミサイルR-12(NATO名SS-4「サンダル」)






建物を見ての通り、博物館はかなり小さいのですが、ところ狭しとミサイルやエンジンの模型、再突入カプセルなどが展示され、興奮しました(マニアではないのですが...)。

ソユーズ・ロケットエンジン・ステアリング



宇宙探査機ベガ2号の再突入モジュール(1984、1:
1模型)



無人月探査機ルナ9号(1966年、模型:1:2)


スプートニク2号・3号


あれ、カプセルのなかに宇宙飛行士がいるよ!


ソユーズ


ボスト―ク・ロケット(1:11)


ウクライナのドニプロペトロウシクで製造された準中距離弾道ミサイルR-12(SS-4 Sandal)用の自動制御装置
 

博物館全景。1階の展示場しかない。いや、一階建ての博物館とか久しぶりに見たし...


宇宙食、まずそぉ。



日本のロケット模型もありましたが、「三○○工」○のところ、漢字が難しくて書けなかったみたい。



米ソデタントの象徴「アポロ・ソユーズテスト計画」(1972年調印、1975年発射・帰還)



そして、この日は偶然にも、ガガーリンの次に宇宙に行ったソ連飛行士ゲルマン・チトフを載せた「ボストーク2号」が打ちあがって55周年に当たる日でした。そのためかわかりませんが、小さな博物館なのに子供連れでいっぱいでした。下の写真は、チトフについての諸々。ただし特にイベントなどは行われていません。田舎の郷土資料館のような、ほのぼのとした空気が流れています。



ちなみにこの博物館の前にはコロリョフの生家があり、こちらにも展示があります。彼は30年代にエンジニアのヴァレンティン・グルシュコの告発でシベリア流刑にあってるんですね(戦後名誉回復して、グリュシュコと相互不信のなかでR-7を合作したとか)。家の雰囲気を見る限り、良家ですな。モスクワではツポレフに師事。



グリュシュコとはこういう方です。彼らについてはこんなBBCなどの共同制作のドキュメンタリードラマがあるんですね。「SPACE RACE宇宙へ〜冷戦と二人の天才〜」NHKでも放映されたみたいですよ。


ガガーリンとコロリョフ。「地球は青かった」で有名になった(実はこれ日本でしか通じず、直訳すれば「空は暗かった一方で、地球は青みががっていた」らしいです)ガガーリンが世界的に有名にな
ったのに対して、コロリョフはその存在を秘密にされ表舞台にでることはなかったという。まぁソ連にとってあまりにも重要な人物ですからね。



これで入館料60円(写真撮影40円)なら満足。いろいろ勉強になったので、大満足。
子供がいたら色々解説してあげるのに〜と思いながら、いつもように子連れの親子を微笑ましく眺めるのでした。

Wikipediaの「ガガーリン」項目にこんなアネクドート(滑稽な小話)が紹介されていたので、これを引用して記事を締めくくります。


  ””宇宙から帰還したガガーリンの歓迎パーティにロシア正教のモスクワ総主教アレクシー一世が列席しており、ガガーリンに尋ねた。

総主教「宇宙を飛んでいたとき、神の姿を見ただろうか。」
ガガーリン「見えませんでした。」
総主教「わが子よ、神の姿が見えなかったことは自分の胸だけに収めておくように。」


しばらくしてフルシチョフがガガーリンに同じことを尋ねた。総主教との約束を思い出したガガーリンはさきほどとは違うことを答えた。

ガガーリン「見えました。」
フルシチョフ「同志よ、神の姿が見えたことは誰にもいわないように。」(レーニン主義は宗教を否定している)”



いかにもソ連らしいアネクドートですね。




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