ウクライナ観光 便りがないのは良い便り~Pas de Nouvelles, Bonnes Nouvelles~ 忍者ブログ

聖ヴォロディミール大聖堂で驚きの遭遇

2016年02月28日
キエフに後輩夫妻が来てくれ、聖ヴォロディミール大聖堂を案内しました。



この後輩で、家族の来ウを含めると18人目。たいへんありがたいことです。って、実はみんな、ウクライナに興味あるんやん!(あ、我々がいないと絶対来ない国という言い方もできるかも)


さて現在、聖ヴォロデミールの夜はこんな感じでライトアップされています。美しいというか、少し怖いというか...


ウクライナ正教会は、モスクワ総主教庁、キエフ総主教庁、独立派の三派に分裂しており、ここはキエフ総主教庁の首座主教。ただし国際的な正教コミュニティからは承認されていません。唯一承認を得ているのはモスクワ総主教庁でペチェルスカ大修道院をベースとしています。でもマイダン革命以降はロシア、またロシア正教会との距離感からこちらに信者が移っているという話も。

そんなことを復習して訪れると...

なんと厳かな式が執り行われており、よく顔を見たら、総主教のフィラレートがおられました。これはなかなか貴重な経験。マイダンを支持したりと、アクティブです。


今年に入り二ヶ月で、グルジア正教会のトップ、ウクライナ正教会(キエフ総主教庁)のトップにお目にかかれるとは、なんとありがたいことでしょう。

今年、良いことが起こってほしいです。


Y様
息子さん無事おかえりになられたようで、良かったです。今年の冬は比較的暖かいようですので、そんなに驚かなかったかもしれませんね。また我々と同様、意外と住みやすいっておっしゃるかもしれません。このブログも引き続きよろしくお願いいたします!




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ついに、ヤヌコビッチ前大統領邸へ潜入〜その2〜

2016年02月25日
前回に引き続き、ヤヌコビッチ前大統領邸について。

スポーツ施設から長い地下通路を通って、到着した先には...


想像を絶する無駄遣いでした...



でも参加者が一致したのは、センスいいね、ということ。
もっと金ピカかと思いきや、意外とシックな調度品が集められています。


落ち着く感じの部屋


ここで会議を開くこともあったらしいです。


真ん中に囲炉裏のようなものが。



ミニシアター。最高に座り心地の良いソファーが写真にある以上にある。前の二つはマッサージ機能付き。彼が残していったDVDもありました。



値段がつかないほどバカ高いシャンデリアのおでまし



小鳥は幸せだったのか、不幸だったのか。
こちらは金ピカのゲージに閉じ込められています。


家の中に金ぴか教会をつくっちゃいました。
こんな悪事を働いて、何を祈っていたのでしょか。



メインのリビング



メインのリビング2


彼の寝室、バスルーム、クローゼットです。
ちなみに愛人と二人で住んでいたので、まったく同じ部屋がもう一つ愛人用にあります。



トイレは噂と違い金ぴかではないですが、よく見てください。
蛇口にはスワロフスキーが...




ちなみにテレビ好きなのか、全ての部屋に1−2個のテレビが備えられています。
そのほとんどはPanasonic。日本人からするとお買い上げありがとうございやすって感じですが。


キッチンは以外と小さいものの、専用エレベーターがついています。


そしてビリヤード場。


ツアーには一時間半かかると言われ、そんなに〜と思いましたが、圧倒されっぱなしであっという間にツアーは終わってしまいました。結果、ため息しかでてきません。

もっとすごい家はあるんだろうと思います。ただ国民の血税を自らの快楽ために使うとはなんという神経でしょう。罪悪感はなかったのでしょうか。麻痺していたのか。これでは国民が怒るのは当然です。

マイダン革命は、EUとの連合協定締結を突然凍結したヤヌコビッチ大統領に怒った親欧派が引き起こしたものと言われますが、それはきっかけにすぎません。実態はこういった不正・汚職への不満が国民の間でたまっていたのです。

革命を経て2年、今は改革を実行しようとしていますが、なかなか進んでいません。程度の差はあれ、ヤヌコビッチのような人はいまだに存在し続けているのです。

この家に訪問すると、ウクライナ、恐れずに言えば旧ソ連圏の政治を象徴的に理解することができるのではないでしょうか。一見の価値ありです(完)。


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ついに、ヤヌコーヴィチ前大統領邸へ潜入〜その1〜

2016年02月24日
ついに!!!!!

ヤヌコーヴィチ前大統領邸内に入ることができました!


ヤヌコーヴィチ邸については、このブログでも二回(「権力の館・腐敗の館①」「権力の館・腐敗の館②」)書いてきました。なんたってもう4〜5回(数えていない..)は訪れていますからね。


歩けば三時間以上は余裕でかかるという敷地内に、お友達から60歳の誕生日にもらった船のレストラン、高級車・クラシックカーコレクション、プーチンやルカチェンコが泊まった家、ゴルフ場、動物園、そしてサウナ・お風呂専用の館を紹介しました。

ただこれまで唯一入れなかったのが、この敷地のメイン「ヤヌコーヴィチ邸」です。

ツアーはあるのですが、定期的ではなく、過去に入ることができませんでした(他にもこういう経験をされた方は多いみたい)しかし今回はついにこちらの友人のご協力を得て、入れてもらいました(感動&感謝)。

ヤヌコーヴィチ邸、二つの館からなっており、両者は地下で繋がっております。今日、まずご紹介するのは家のなかにあるスポーツ施設です。

まず建物に入ると、自画像やナルシスト満点の写真が迎えてくれます。
どぉだ、かっこいいだろうと言わんばかり。



彼が党首を務めていた「地域党」のポンチョもありました。


で、目を横にやると...ボーリング場。4レーンも。羨ましい。
ホワイト・ハウスですら確か2レーンしかなかったので、それより大きいわけです。
ボーリングしたい放題、羨ましいです。



途中廊下が植物園になっており、いい温度で癒し効果抜群。



本物のライオンの剥製が置かれています。



そしてテニス好きだったという前大統領(ゴルフはあまり好きではなかったとか)。室内テニスコートです。ちなみに屋外テニスコートもあります。二つも入りますかね?



テニスコートに掛けられたカレンダーは、「2014年2月21日」で止まっています。
そうこの翌日、ヤヌコーヴィチは秘密裏にヘリコプターでキエフを飛び立ち、ロシアに逃げていったのです。その時の様子がばっちり監視カメラに写っていました...




スポーツのあとは、体のお手入れはマスト。政治家は容姿も重要ですから!
最新の高性能健康器具が並ぶお部屋(複数形)へ。



マッサージ台、日焼けマシーン、肌をお手入れする機械。サロン開けまっせ。


で、ジム器具がずらり並び、ど真ん中には、ボクシングジムが。



また癒しの部屋。塩からなる部屋らしいです。


そして、こうして体をリフレッシュしたあとは...
ながーい地下通路を通って、ついに本邸へ向かいます(続く)。

※ちなみにこれ、国のお金を用いて自分用(登記は側近だったみたいですけど)に建てられたことをお忘れなく。。。


〜コメントへのお返事〜
お久しぶりです!こちらには次々と新しい、オシャレなお店が開店しています。
が、経済が厳しいので潰れるところも多数です。値段はほんとバリエーションに飛んでいますが、お金を使いたくなければ本当かからないレストランもありますし、高級店でも日本と同じくらいか、少し高めの日本のレストランと同じくらいです。ユーロ圏から来られたゲストはいずれにせよびっくりされますね。我々は結構新しいお店を開拓するのを「趣味」にしていますので、またなにかあればシェアいたしますね!


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ウクライナ軍事史博物館

2016年02月16日
ウクライナ軍事史博物館、再訪。

夏、ウクライナ国会(ラーダ)近辺を散歩していたら、突然道端に大砲が現れ、これはなんの建物じゃ!と思い、恐る恐る建物に入っていきました。管見の限り、観光ガイドにはのっていないようです。

展示はまずスキタイ時代から始まります。この頃は当然「ウクライナ」という国ではありません。


続いて、第一次世界大戦後から戦間期までいっきに話が飛びます。
「ウクライナの歴史」というのが、何を指すのか面白いところです。




そして「定番」のナチ時代→ソ連時代の展示があり...



最近拡張された展示が現代。
というか、「現在」。

2013-2014年のマイダン革命で用いられたヘルメットや盾...




そして膠着状態の東部での紛争...



遺品のなかに破壊された「スマホ」があるのがショック。
改めて「我々世代」の紛争だと痛感させられます。










昨年の国連総会で、プーチン大統領が演説中に、ウクライナの代表団が東部での現状を国際的にアピールするために掲げたウクライナ国旗がありました。
 

途中、ソ連にとってのベトナム戦争であるアフガニスタン戦争の展示もあったりと近現代についてなかなか充実した博物館です。一時間もあれば簡単にウクライナの歴史の流れが見えてきます(やや時系列になっていないのが残念ですが...)。

キエフの中心部(Kriposnyi Line, Kiev トラムバス55番 Kriposnyi Line駅前)にあるので、一度は行ってみてもよい博物館かなと思います。旦那、すでに3回は行っていますが(だから変化に気づいた!)


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バビ・ヤール

2016年02月09日
キエフ市北西に位置する「バビ・ヤール」公園に行ってきました。
市内中心部から車で10分ほど。

ここはナチスドイツによるユダヤ人虐殺の地です。

ウクライナは、ソ連、そしてナチスドイツによる虐殺の地でありました。このあたりの歴史については、最近日本語で出た、T・スナイダー『ブラッド・ランド:ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』に詳しく書かれています。

1941年9月にナチスがキエフを占領すると、この地に残っていたユダヤ人をバビ・ヤール渓谷に召集し、9月29日・30日の二日間にかけて、3万3771人のユダヤ人を銃殺し、渓谷を削って死体をその場所に埋めました。ホロコーストについては、特に日本では、アウシュヴィッツのようにポーランドの強制収容所における虐殺が知られていますが、「バビヤール」は一件で最大の犠牲者を出したされています。

その後もここではソ連の捕虜やロマ人、ウクライナ民族主義者も虐殺され、43年11月のソ連がキエフを占領するまで残虐行為が続いたと言われています。

ただ、ソ連は「ユダヤ人虐殺」を認めず、ソ連市民に対する残虐行為として事件を扱いつづけました。それゆえ、以下のモニュメントは1976年のソ連時代に建立されたものですが、「ユダヤ人虐殺」には触れていません。


そしてウクライナが独立してはじめてユダヤ人虐殺が初めて認められたのです。
ユダヤ人にとっては「二重の被害」を受けたと言えるでしょう。







夏に訪れた時のバビヤール。


バビヤールで殺害された子供達の記念碑。


「バビヤール」と聞いて、ショスタコービッチの交響曲第13番を思い浮かべる方もいるかもしれません。


ショスタコービッチは、ユダヤ人虐殺に対するソ連の無関心を告発するエフゲニー・エフトゥシェンコの詩「バビヤール」に音をつけて発表しました。

エフトゥシェンコの詩「バビヤール」は以下の一文で始まります。

「バビヤールに記念碑はない。切り立つ崖は荒くれた墓標だ」

いまは市民が集ういたって普通の公園ですが、そこには悲しい歴史が眠っています。




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