ウクライナにおけるヨーロッパデー 便りがないのは良い便り~Pas de Nouvelles, Bonnes Nouvelles~ 忍者ブログ

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2024年11月22日
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ウクライナにおけるヨーロッパデー

2016年05月31日
先週の5月21−22日は「ウクライナにおけるヨーロッパ・デー」でした。

聖ミハイル教会前では何やらコンサートやイベントが行われているというので、出かけてきました。


なぜ、ウクライナでこの日が「ヨーロッパデー」なのかよくわかりません。2003年から5月の第三日曜日は「ヨーロッパデー」と定められているようです。

通常「ヨーロッパデー」といえば、欧州連合が定めた5月9日。5月9日といえば旧ソ連諸国では「対独戦勝記念日」ですが、EU諸国では、50年5月9日に、現在のEUにつながる「シューマン宣言」が出されたので、この日が「ヨーロッパデー」となっています。


で、前日には、EUとウクライナの関係についての国際会議が開かれました。その会場で展示されていたEU-ウクライナ関係の政治風刺。ヨーロッパに向かって必死でがんばるウクライナ。でも「歓迎」といわれながら、実態としてはなかなか道のりが遠いのが現状。そもそもマイダン革命が起こった一因は、当時のヤヌコーヴィチ政権がEUとの連合協定署名を凍結したことにあります。



さて「ヨーロッパデー」では色々催し物があるのですが、今年はフランスでサッカーのEURO2016が開かれるので、ウクライナ代表が決起大会としてこのイベントに参加したそうです(ちなみに前回2012年のユーロ開催国はウクライナだったんですよ!)

それ以外にも、音楽コンサートが開かれたり、


フランスやイギリスの留学案内ブースや語学学校案内ブースがあったりします。
ウクライナのcivil security sectorを支援するEU Advisory MissionやEU各国がブースを出して支援や魅力をアピールしていました。



そして最後に。この広場の横には、ヒゲの若者の絵が書かれています。彼が誰なのか、キエフに来た当初ずっと疑問に感じていたのですが、この国の動向を知るにつれ、彼はかなりの「英雄」であることがわかりました。

彼の名は、セルギー・ミゴヤン。幼少期にアルメニアとアゼルバイジャンのナゴルノ=カラバフ紛争から逃れるため、アルメニアからウクライナに移住し、ここで育ちました。

そして2013年秋、彼は、由を求めマイダン革命に積極的に参加したものの、政府側の鎮圧で革命の最初の犠牲者となります。若干20歳。自由を求めて戦い、自らの命を失った彼は、EUへの加盟をもとめながら、その条件として要求される政治改革や反汚職改革は滞り、経済も悪化するばかりの今のウクライナの状況を、どう見ているのでしょうか。





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