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2024年11月23日
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風は西から:リビィウへ〜その2〜
2015年05月30日
リビィウ2日目。
「要塞」ホテルの朝食を堪能し、街に繰り出します。
まず見えてきたのが、ウクライナが産んだ偉大な詩人タラス・シェフチェンコ記念碑。
そしてオペラ。こんな小さな町でも、オペラがあるのね。
三連休ということでオペラ前は活気が溢れています。キエフと違って観光客らしきグループも結構いましたが、地元民の憩いの場となっているようです。
さてこの街は、昨日書いた歴史的経緯によりウクライナ・ギリシャ・カトリック教会(ユニエイトとも呼ぶらしい)の影響が強い地域にあります。これは、正教会に次ぐ国内第二の規模を誇る宗教ですが、ソ連下ではその活動が禁じられ、地下活動を行っていました(ゴルバチョフ時代に復権)。
以下は、バロック様式のドミニカ聖堂。偶然結婚式がとり行われていました。明らかにキエフで見られる玉ねぎ教会とは違いますね。この教会、戦後ソ連に接収され、1970年代に「宗教と無神論の博物館」に変えられたそうです。信者は辛かったやろうなぁ。
そして街を歩いていると、ふと雰囲気の違う教会が現れました。アルメニア教会です。この光の差し込み方、もはや芸術。もちろんこれも計算されているのでしょうね。
そして近くでアルメニア・コーヒーを飲み、休憩。はじめて飲みましたが、ほんと美味しい。
そして「世界遺産」の街並みを散策!
そう、このあたりは「リビィウ歴史地区」として世界遺産に登録されています。
改めて、ヨーロッパだぁ。
そして旦那が一番楽しみにしていたところ。
それは、リビィウ歴史博物館。上の写真6枚目のリノック広場にあります。
特に近現代史のセクションは、キエフのどの歴史博物館よりも充実していたかな。
この街の運命を決め、世界にも衝撃を与えた独ソ不可侵条約(秘密議定書)を結んだヒトラーとスターリン。しかしこの条約は「歴史」になりきっていないようで、昨今のウクライナ危機で「歴史問題」として再浮上しているようです。
また、以下の写真の真ん中に見えるのが、ウクライナ(特に西部)の英雄であり論争の的でもあるステパーン・バンデラ。
戦間期〜戦中とウクライナ独立のため、ウクライナ民族主義者として活動。彼は解放運動の象徴として見られています。が、話はそんな単純ではなく、上記の条約にも関わらず独ソ戦が始まると、彼はナチス・ドイツを支持(その後、ナチ占領下で独立を目指したためドイツ側に逮捕)。そうした経緯もあり、ウクライナ人の多くは、彼を対ソ、対独レジスタンスの象徴として捉えられる一方、ロシアや親ロ派側はそうしたウクライナ人を「ファシスト」とか「バンデラ派」と呼ぶのです。彼についてはもう少し勉強しなければ。
そして歴史はまだまだ終わってくれそうにありません。
ウクライナの歴史系博物館では最後のセクションがだいたい「現在進行形」の展示となっています。この国はいまだに東部での戦闘を抱えていますからね。
以下は、2004年オレンジ革命の際の展示品。焼け焦げた携帯電話なんかがあったりすると、「我々の時代の話なんだ」といつも胸が痛みます。
早目の時間に行ったのですが、それでも長蛇の列。
軍服を着たおじさんが小窓から顔をのぞかせています。
訪問者である我々の顔を確認しています。
怪しくないと判断されたのか、ゆーっくり扉が開きます...
「パスワード!!!」
え、しらんけど...
後ろのウクライナ人がこっそり教えてくれました。
「Слава Україні!!!!(ウクライナに栄光あれ!!!)」
「おまえたち、ロシアじゃなくウクライナだな?」
と聞かれます。
ご飯にありつくために、「政治的に中立です」とは答えるわけにはいかず、
「はっ...は、はい!隊長!!!!」
「よぉーし、中に入れ!」
と店内に案内されます。。
席につくとといきなりショーが始まりました。
なんやようわからんことをいってます。
でも最後にはお客さんが皆いっせいにウォッカ掲げて、お決まりのフレーズ!
「Слава Україні! Героям слава!
ウクライナに栄光あれ、英雄たちに栄光を!」
好っきゃなー。デモ行進ではもちろん、サッカー場でもこのスローガンよう言うてるよ。
まぁええわ、でも驚いたのがメシ。美味いやん。
こういうエンタメ系ってだいたい味は中途半端で高いですよね(東京のあそことか、あそことか、あそことか)。でも普通にいけまっせ。
いろいろ興奮しすぎて、奥様は水をこぼし、旦那様はソーセージ肉汁を飛ばしました!
これは全国展開していますが、リビィウ生まれのビール「リビブスカ(Львівське)」。
今まで飲んだ中で一番好きな味かもしれん。ウクライナはビールの名産地でもあるのですよ!
ブログのテンションがいまいち意味不明ですが、〜その3〜に続く。
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「要塞」ホテルの朝食を堪能し、街に繰り出します。
まず見えてきたのが、ウクライナが産んだ偉大な詩人タラス・シェフチェンコ記念碑。
そしてオペラ。こんな小さな町でも、オペラがあるのね。
三連休ということでオペラ前は活気が溢れています。キエフと違って観光客らしきグループも結構いましたが、地元民の憩いの場となっているようです。
さてこの街は、昨日書いた歴史的経緯によりウクライナ・ギリシャ・カトリック教会(ユニエイトとも呼ぶらしい)の影響が強い地域にあります。これは、正教会に次ぐ国内第二の規模を誇る宗教ですが、ソ連下ではその活動が禁じられ、地下活動を行っていました(ゴルバチョフ時代に復権)。
以下は、バロック様式のドミニカ聖堂。偶然結婚式がとり行われていました。明らかにキエフで見られる玉ねぎ教会とは違いますね。この教会、戦後ソ連に接収され、1970年代に「宗教と無神論の博物館」に変えられたそうです。信者は辛かったやろうなぁ。
そして街を歩いていると、ふと雰囲気の違う教会が現れました。アルメニア教会です。この光の差し込み方、もはや芸術。もちろんこれも計算されているのでしょうね。
そして近くでアルメニア・コーヒーを飲み、休憩。はじめて飲みましたが、ほんと美味しい。
そして「世界遺産」の街並みを散策!
そう、このあたりは「リビィウ歴史地区」として世界遺産に登録されています。
改めて、ヨーロッパだぁ。
そして旦那が一番楽しみにしていたところ。
それは、リビィウ歴史博物館。上の写真6枚目のリノック広場にあります。
特に近現代史のセクションは、キエフのどの歴史博物館よりも充実していたかな。
この街の運命を決め、世界にも衝撃を与えた独ソ不可侵条約(秘密議定書)を結んだヒトラーとスターリン。しかしこの条約は「歴史」になりきっていないようで、昨今のウクライナ危機で「歴史問題」として再浮上しているようです。
また、以下の写真の真ん中に見えるのが、ウクライナ(特に西部)の英雄であり論争の的でもあるステパーン・バンデラ。
戦間期〜戦中とウクライナ独立のため、ウクライナ民族主義者として活動。彼は解放運動の象徴として見られています。が、話はそんな単純ではなく、上記の条約にも関わらず独ソ戦が始まると、彼はナチス・ドイツを支持(その後、ナチ占領下で独立を目指したためドイツ側に逮捕)。そうした経緯もあり、ウクライナ人の多くは、彼を対ソ、対独レジスタンスの象徴として捉えられる一方、ロシアや親ロ派側はそうしたウクライナ人を「ファシスト」とか「バンデラ派」と呼ぶのです。彼についてはもう少し勉強しなければ。
そして歴史はまだまだ終わってくれそうにありません。
ウクライナの歴史系博物館では最後のセクションがだいたい「現在進行形」の展示となっています。この国はいまだに東部での戦闘を抱えていますからね。
以下は、2004年オレンジ革命の際の展示品。焼け焦げた携帯電話なんかがあったりすると、「我々の時代の話なんだ」といつも胸が痛みます。
そして夜は、Криї́вкаというレストランへ。
ウクライナ民族主義者で主に構成され、ソ連・ドイツに対抗したUkranian Insurgent Army(ウクライナ蜂起軍、赤と黒の旗がトレードマーク)の最後の隠れ家というコンセプトでやっているお店です。
早目の時間に行ったのですが、それでも長蛇の列。
この国ではほとんど行列を見たことがないので、いかに人気店がわかる。
でも、入店には「ある儀式」を経なければなりません。その儀式とは...
軍服を着たおじさんが小窓から顔をのぞかせています。
訪問者である我々の顔を確認しています。
怪しくないと判断されたのか、ゆーっくり扉が開きます...
「パスワード!!!」
え、しらんけど...
後ろのウクライナ人がこっそり教えてくれました。
「Слава Україні!!!!(ウクライナに栄光あれ!!!)」
「おまえたち、ロシアじゃなくウクライナだな?」
と聞かれます。
ご飯にありつくために、「政治的に中立です」とは答えるわけにはいかず、
「はっ...は、はい!隊長!!!!」
「よぉーし、中に入れ!」
と店内に案内されます。。
席につくとといきなりショーが始まりました。
なんやようわからんことをいってます。
でも最後にはお客さんが皆いっせいにウォッカ掲げて、お決まりのフレーズ!
「Слава Україні! Героям слава!
ウクライナに栄光あれ、英雄たちに栄光を!」
好っきゃなー。デモ行進ではもちろん、サッカー場でもこのスローガンよう言うてるよ。
まぁええわ、でも驚いたのがメシ。美味いやん。
こういうエンタメ系ってだいたい味は中途半端で高いですよね(東京のあそことか、あそことか、あそことか)。でも普通にいけまっせ。
いろいろ興奮しすぎて、奥様は水をこぼし、旦那様はソーセージ肉汁を飛ばしました!
これは全国展開していますが、リビィウ生まれのビール「リビブスカ(Львівське)」。
今まで飲んだ中で一番好きな味かもしれん。ウクライナはビールの名産地でもあるのですよ!
ブログのテンションがいまいち意味不明ですが、〜その3〜に続く。
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