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2024年11月22日
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アルメニア訪問記④〜もう一つの世界遺産〜
2016年05月26日
イェレヴァンでは、ツアーにも参加しました。
奥様が行きたかったもう一つの世界遺産がイェレヴァン中心部からやや遠く、山道を抜けないと行けないというのが理由です。イェレヴァンにはたくさんのツアー会社がありますが、最大手のようでロシア語・英語でツアーを実施してくれるところを選びました。
朝9時に集合して、観光バスに乗り込みます。
ツアー客の多くがロシア人です。やっぱりアルメニアにはロシア人観光客が一番多いのでしょう。今回の参加者の内、英語話者は、ドイツ人とアルメニア人のカップル、アルメニア系アメリカ人で90年代初頭にカリフォルニアに移ったという青年、イギリス人カップルのみでした。でもツアーはきちんと両言語で行ってくれます。ガイドのお姉さんはくるくるとロシア語・英語を切替ながら解説してくれます。ウクライナもグルジアもそうでしたが、バスの道中は解説しっぱなし。そんなに伝えることあるのっていうくらいずっと解説してくれます。
まずは、「ガルニ神殿」。アルメニアで現存する建物の中で、唯一ヘレニズム建築が採用されています。ギリシャやローマにものすごく影響を受けていた時代に建設されただけに、ギリシャの神殿のよう。そしてキリスト教化される前につくられたので、これは多神教。太陽神を祀ったものです。勿論こちらも世界遺産です。
こんな素晴らしい景色に囲まれています。雄大な山々に雲が陰影を作り出します。
一日を構成する24時間と同じ、24本の柱で支えられています。
浴場跡も残っており、床のタイルはモザイク画です(いい写真が撮れず)。
写真もないのに語って恐縮ですが、このモザイクにはミステリーがあり、面白いのです。
「こんなに苦労したのに、我々は死んだ魚の一匹も得られなかった」という主旨の(確か)ラテン語(だったと思う)が書かれています。要約すると、「アルメニアには海がなく、領土拡大の為に奮闘したのに、失敗に終わった」、という事なのでしょう。とすると、以下解けない謎が残っているのです。
①王族が自らの権力を誇示する場所で、そんなネガティブな文章など残さないはず。
②王族を恨む奴隷が作ったのでは?
→しかし奴隷には文字など書けなかったはず。そして気付いたら王族が壊したはず。
果たして何故、あの文章は残されたのでしょうか?
ガイドのお姉さんも、「謎解きの妙案募集中です」との事でした。どなたか分かりますか??
モザイクが見てみたくなった方は、他の方のブログなどでチェックできるのでどうぞ。
この神殿、実は17世紀の大地震で倒壊してしまったそうで、現存しているのは再建されたものらしいのですが、それでも一見の価値ありでした。
(そう、アルメニアは地震大国なのです!アルメニア人と地震の話でも白熱しました。)
=========================================
そして見晴らしのよいガルニ神殿を後にして、次に向かったのが「ゲガルド修道院」。アルメニア最大の見所の1つといっても過言ではありません。多くの観光客で賑わっていました。アルメニアで奥様が最も訪問したかった場所です。(旦那氏の思い入れが低めなので、ここからは奥様が愛をこめて書きます。)
見晴らしのよい山々を通り抜けると、突然ごつごつした崖に囲まれた空間が現れます。ここが、おじいちゃん、おばあちゃん達がお土産屋さんの屋台を広げる、ゲガルド修道院の入り口です。
入り口からの石畳の坂道を上っていくと、幻想的な石造りの修道院が見えてきます。
石を削って作られた薄暗い教会。入り口はこんな感じ。入り口からすでにワクワクしてしまいますね。
中に進むと、まるでダンジョンみたいでロマンたっぷりです。
この光の差し込み。神秘的・幻想的な雰囲気を出すために計算してつくられたのでしょう。内部は音の反響がすごく、ここで聞くコーラスは格別です!
ふと足元を見ると大きな穴が開いていて、更に地下へ進んだ、違う階層の礼拝堂が見えます。
岩の至る所に小さな礼拝堂や、アルメニアのパン、ラヴァシュを焼く場所(さすが修道院!生活圏ですね)等が作られていて、探検するのが楽しいです。
こちらはアルメニアの至る所で見られるレリーフ。ガイドのお姉さんも「これを見かけたら、アルメニア人がそこにいる!と思え」と言ったほど。石に細かな模様が彫られていて、アルメニア人の宗教観が描かれています。お姉さんに聞くと、元々は木に彫り込んでいたものの、度重なる敵の侵入時に焼かれ、破壊された為、簡単には破壊できない石に彫るようになったとか。悲しい経緯ですね。
アラブっぽい模様だと思った方、それもあながち間違いではありません。ツアー参加者のエジプト人も思わず質問をしたほど。「アラブ人に沢山破壊された歴史をもつアルメニアは、『もしかしたらムスリムが作ったものかも?』とアラブ人に思わせて、破壊を逃れるべく、少しアラブっぽいモチーフも用いてるの」、とガイドのお姉さん。ますます悲しい…。
こういった彫り細工は至るところで見られ、奥様は彫り細工コレクションとして嬉々として撮影して回っていました。少しだけ奥様の扉の彫り細工コレクションをお見せしましょう。は~!おうちにこんなドア欲しい!!
ちょっと脱線してしまいましたが、アルメニアに行かれる方は、ぜひともこのゲガルド修道院、ご訪問下さい!!お好きな方には本当にドはまりする場所なのではないかと思います。
アルメニア旅行記①~エチミアジンの世界遺産群~へ
アルメニア旅行記②~イェレヴァンあれこれ~へ
アルメニア旅行記③~アララト工場~へ
アルメニア旅行記⑤~最終編:アルメニア・ジェノサイド・ミュージアム~へ
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奥様が行きたかったもう一つの世界遺産がイェレヴァン中心部からやや遠く、山道を抜けないと行けないというのが理由です。イェレヴァンにはたくさんのツアー会社がありますが、最大手のようでロシア語・英語でツアーを実施してくれるところを選びました。
朝9時に集合して、観光バスに乗り込みます。
ツアー客の多くがロシア人です。やっぱりアルメニアにはロシア人観光客が一番多いのでしょう。今回の参加者の内、英語話者は、ドイツ人とアルメニア人のカップル、アルメニア系アメリカ人で90年代初頭にカリフォルニアに移ったという青年、イギリス人カップルのみでした。でもツアーはきちんと両言語で行ってくれます。ガイドのお姉さんはくるくるとロシア語・英語を切替ながら解説してくれます。ウクライナもグルジアもそうでしたが、バスの道中は解説しっぱなし。そんなに伝えることあるのっていうくらいずっと解説してくれます。
まずは、「ガルニ神殿」。アルメニアで現存する建物の中で、唯一ヘレニズム建築が採用されています。ギリシャやローマにものすごく影響を受けていた時代に建設されただけに、ギリシャの神殿のよう。そしてキリスト教化される前につくられたので、これは多神教。太陽神を祀ったものです。勿論こちらも世界遺産です。
こんな素晴らしい景色に囲まれています。雄大な山々に雲が陰影を作り出します。
一日を構成する24時間と同じ、24本の柱で支えられています。
浴場跡も残っており、床のタイルはモザイク画です(いい写真が撮れず)。
写真もないのに語って恐縮ですが、このモザイクにはミステリーがあり、面白いのです。
「こんなに苦労したのに、我々は死んだ魚の一匹も得られなかった」という主旨の(確か)ラテン語(だったと思う)が書かれています。要約すると、「アルメニアには海がなく、領土拡大の為に奮闘したのに、失敗に終わった」、という事なのでしょう。とすると、以下解けない謎が残っているのです。
①王族が自らの権力を誇示する場所で、そんなネガティブな文章など残さないはず。
②王族を恨む奴隷が作ったのでは?
→しかし奴隷には文字など書けなかったはず。そして気付いたら王族が壊したはず。
果たして何故、あの文章は残されたのでしょうか?
ガイドのお姉さんも、「謎解きの妙案募集中です」との事でした。どなたか分かりますか??
モザイクが見てみたくなった方は、他の方のブログなどでチェックできるのでどうぞ。
この神殿、実は17世紀の大地震で倒壊してしまったそうで、現存しているのは再建されたものらしいのですが、それでも一見の価値ありでした。
(そう、アルメニアは地震大国なのです!アルメニア人と地震の話でも白熱しました。)
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そして見晴らしのよいガルニ神殿を後にして、次に向かったのが「ゲガルド修道院」。アルメニア最大の見所の1つといっても過言ではありません。多くの観光客で賑わっていました。アルメニアで奥様が最も訪問したかった場所です。(旦那氏の思い入れが低めなので、ここからは奥様が愛をこめて書きます。)
見晴らしのよい山々を通り抜けると、突然ごつごつした崖に囲まれた空間が現れます。ここが、おじいちゃん、おばあちゃん達がお土産屋さんの屋台を広げる、ゲガルド修道院の入り口です。
入り口からの石畳の坂道を上っていくと、幻想的な石造りの修道院が見えてきます。
石を削って作られた薄暗い教会。入り口はこんな感じ。入り口からすでにワクワクしてしまいますね。
中に進むと、まるでダンジョンみたいでロマンたっぷりです。
この光の差し込み。神秘的・幻想的な雰囲気を出すために計算してつくられたのでしょう。内部は音の反響がすごく、ここで聞くコーラスは格別です!
ふと足元を見ると大きな穴が開いていて、更に地下へ進んだ、違う階層の礼拝堂が見えます。
岩の至る所に小さな礼拝堂や、アルメニアのパン、ラヴァシュを焼く場所(さすが修道院!生活圏ですね)等が作られていて、探検するのが楽しいです。
こちらはアルメニアの至る所で見られるレリーフ。ガイドのお姉さんも「これを見かけたら、アルメニア人がそこにいる!と思え」と言ったほど。石に細かな模様が彫られていて、アルメニア人の宗教観が描かれています。お姉さんに聞くと、元々は木に彫り込んでいたものの、度重なる敵の侵入時に焼かれ、破壊された為、簡単には破壊できない石に彫るようになったとか。悲しい経緯ですね。
アラブっぽい模様だと思った方、それもあながち間違いではありません。ツアー参加者のエジプト人も思わず質問をしたほど。「アラブ人に沢山破壊された歴史をもつアルメニアは、『もしかしたらムスリムが作ったものかも?』とアラブ人に思わせて、破壊を逃れるべく、少しアラブっぽいモチーフも用いてるの」、とガイドのお姉さん。ますます悲しい…。
こういった彫り細工は至るところで見られ、奥様は彫り細工コレクションとして嬉々として撮影して回っていました。少しだけ奥様の扉の彫り細工コレクションをお見せしましょう。は~!おうちにこんなドア欲しい!!
ちょっと脱線してしまいましたが、アルメニアに行かれる方は、ぜひともこのゲガルド修道院、ご訪問下さい!!お好きな方には本当にドはまりする場所なのではないかと思います。
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アルメニア旅行記②~イェレヴァンあれこれ~へ
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