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南イタリア横断の旅②~サレルノとアマルフィ海岸、そしてポンペイへ~

2018年04月02日
さて、年末年始南イタリア旅行記、その2です。

車をぶっとばして、アドリア海側から、イタリアのブーツを横断します。
次の街はサレルノです。前回の地図を再利用して、左端の終点がサレルノです。



サレルノもまた港町です。
本当はこのあたりはモッツァレラ発祥の地と聞いて、ぜひたくさんある牧場のひとつに立ち寄って、即売所で飲み食いしたかったのですが、如何せん時間が足りませんでした。夏にリベンジしたいな。

仕方ないので、サレルノでチーズ専門店をのぞきましたよ。おいしそう(じゅるり)。



サレルノは夜のライトアップがとても綺麗でした。うっとり。

ツリーも巨大です。信心深いカトリックの国ですもんね。
 
きれいな小道を歩いて、レストランへ向かいます。
クリスマス&年末のお祝いムードで、道は激混みです!!


勿論夕食も、我々の持ちうる限りの探索能力を駆使して、美味しい魚介イタリアンを…!
個人的には今回の旅の中で一番の食事だった気がします。前菜もメインもデザートもワインも全部美味しかったです。店員さんも、とても感じが良かった。

私が注文したのは、アマルフィ海岸のレモンとフレッシュ・リコッタチーズのラヴィオリ。
もう一度食べたいよ!!!レモンが大人の味なんですよ!!

魚介のフリッターも美味しかったです。


お店はここでした。
Fish Art Ristorante : http://www.fishart.it/

たらふく食べて、歩いてホテルへ戻って、就寝。




翌朝また早起きして、お散歩。大晦日の朝日、うっとりするほど綺麗です。



さて、道が混む前に出発しましょう。次の目的地は有名なあそこです。
海辺の崖っぷちに作られた細い道をひたすら進みます。ちょっと怖いくらい。



私は途中から完全に怖くなって夫に運転バトンタッチ。無理ー!
 
ぐねぐねカーブは、対向車線が全くみえなくて、車はみんなカーブの手前でクラクションを鳴らして「通ります!気をつけて!」宣言をしながら曲がります。


じゃーん!!アマルフィ海岸です。ここも世界遺産なのだそうで。

冬なのに混んでいて、道は狭いし、駐車場は足りていません。運転環境は最悪です。冬でこれなら、夏はきっとしんどいな、と。冬にきて正解でした。
勿論夏なら、もっと前回の青空があって、泳げたので、違う楽しみがあったのでしょうが。


レモンや唐辛子が有名のようです。美しいなあ。

私はお土産にレモンパスタを買いました。前日の晩に食べたレモンxクリームの組み合わせのパスタに感動したためです。


アマルフィ大聖堂前では、大晦日のカウントダウンイベントに向けて、ステージを組んでいるところでした。


再び出発。海辺を抜けて、途中から山へ。
相変わらず、細い道の絶壁カーブが続きます。もうこの辺で運転は完全に放棄して夫におしつけています。



なんだかすごい靄がかってるけど、大丈夫かな?
 
と思っていたら、麓におりてきました。じわりと街が見えてきます。



次の行き先は、私の夢!!ポンペイ!!!

79年(1979でも1879でも、ましてや1179でもない!ただの79!)に火山の噴火によって、一夜で灰に埋まり、消えた街、ポンペイ。


夏は激混みだそうですが、さすが大晦日、チケットカウンターの列はゼロ!すんなり入れました。よっしゃー!!ガラガラ最高です。

お天気が微妙だったのですが、晴れていたら、きっとくっきりと、ポンペイを死の町へと変えた元凶、ヴェスヴィオ山が見えたのでしょうが、雲のおかげで、うっすらとしか見えません。

悠久の時を感じます。こちらも世界遺産です。今回の旅の何個目の世界遺産だったかな?

ロマンですねえ。


紀元前の政治スローガンが残っているって、すごいことじゃないですか?

夏はタイルの照り返しや直射日光でかなり暑いし、トイレも限られているとのことで、「やっぱり夏に来なくてよかった」などと思う私。


そうこうしている間に、日本時間では年が明けました。私は夫のトイレ待ちでした笑。でもイタリアは年明けまでまだ時間あるもんね~~。
 
大!満!足!!


見学を終えて、遺跡近くのレストランで腹ごしらえ。ここのレストランは古代ローマのメニューが食べられるのが売りだったのですが、コースでしか選べないメニューとなっており、急いでいたので、普通のメニューにしました。
いつかリベンジしてみたいです。

そこで頼んだカタツムリのパスタ。
自分で注文しておいて、あまりにも触角まではっきり形がわかる(写真の矢印参照)ので、食べれなくなってしまい、夫におしつけました。なんでも美味しく食べる夫、ありがとう。


そして、最後の目的地へ向かいます。ひとまず本記事はここで区切って、記事その③へ続けますね。



今回の旅行記:
南イタリア横断の旅①~港町バーリと世界遺産たち~
南イタリア横断の旅③~ナポリを見てしね~





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南イタリア横断の旅①~港町バーリと世界遺産たち~

2018年03月23日

年末年始の旅、書かないまま3月も終わりそうです。やばいやばい。

という訳で書き始めたいと思います。夫と8ヶ月ぶりに再会し、イタリア南部を少し回ってきました。

夫婦でイタリアで年越しするのは二度目です。南は初めてだったのでわくわく。

さあ、出発!

まずは、ローマ経由でバーリというイタリアのブーツのかかとの方に飛びます。

バーリはこちら↑


バーリ空港で、車をレンタルします。
私の夢のひとつ、「イタリアでルパン三世の車、Fiat 500を運転する(ただし最新モデルでよしとする)」を叶えるために、Fiat 500を予約してありました。

しかし!なんかでかい!よくみると、Fiat 500Lって書いてある。L!!Large!
仕方ない。

でかいけど、今回の旅のお供はこいつです。

まずは、空港から直接ある場所へ向かいます。車のある旅は楽ですね。
しかも今回は夫も国際免許を持ってきてくれたので、ドライバーが二人という心強さ(いつもは大体私が1人で運転している)。

車にナビがついてないから、携帯のナビで行くけど、相変わらずGoogle先生はたまに変な道を指定してきますねえ。道なき道(オリーブ畑と葡萄畑の間、ウクライナ並の穴ぼこだらけ)を進みます。

イタリアには南北問題がある、とは聞いていましたが、こういうことか~~と思い知らされました。



頑張って、1時間半くらい運転して、目的地へたどり着きます。

じゃーん!世界遺産、「カステル・デル・モンテ」、山の上の城、です。

こちらは、神聖ローマ帝国のフリードリヒ二世が、13世紀に建てた、八角形のお城です。
ユーロの10セントの裏側の絵柄にもなっているお城です。

中では、地元のワインやオリーブオイルやフレッシュモッツァレラの試食や販売をやっていました。

んまんま。「カステル・デル・モンテ」って銘柄のワインもありました。

私飲んじゃったから、もう運転できないもんね~。ワインを我慢した夫へ運転バトンタッチ。


眺めもよい。さすが丘に建っているだけある。素朴な色合いの石のお城、私が最も好きなタイプの城です。




それから、城のふもとにあるフードコートでさくっと昼食をとったのですが、そこのシンプルなパスタがあまりにも美味しくて、夫と感動。

こちらのパスタは、バーリなどの街があるプーリャ州名物、オレキエッテです。耳たぶみたいですよね。お土産に買いました。
 

お腹が膨れたところで、本日のお宿をとっている、バーリの街へと向かいます。

なんでバーリ?というと、夫がバーリがいいって言ったからなんですけど、バーリは夫の研究内容的には、まあまあ面白い場所らしい。でも割愛。

やしの木がはえてて、海辺ですてき!

しかし街の運転はなかなかスリリング。南部イタリアの運転は覚悟しておけと、色んな人に脅されていましたが、なるほど。しかも、宿は旧市街の中にとったんですけど、これがやばい。Fiat 500だったらよかったけど、我々のおでぶFiat 500Lで通るには、けっこうギリギリなルートが山ほど!

地元のおじさん達がわらわらと集まってきて、「もう少し右!」とかイタリア語で誘導してくれます笑。親切だなあ。

なんとか宿にたどり着き、夕飯にでかけます。


幸せすぎて涙が出そう。魚介!!(毎度いいますが、キエフは最寄の海から500kmで、魚介が高くてあまり新鮮ではないのです…。)

レストランはタコが目印です。タコ美味しかった。地元の人でにぎわってましたよ。
夫は嬉しそうに牡蠣を注文していました。パスタは、本日とれたお魚から選んで作ってもらいます。

La Tana Del Polpo
https://www.facebook.com/LaTanaDelPolpoRist/?utm_source=tripadvisor&utm_medium=referral&rf=495618093871585



今日はこれにてさくっと終了。我々は夜は早いが、朝も早いのだ。明日も朝から活動するぜ!

翌朝夫は時差ぼけで5時ごろ起床、私は6時半ごろ起きました。
朝ごはんは部屋に運んでもらい、のんびりと食事、そして出かけます。


ぶらぶら散歩。
 
あー、この青空!曇天のキエフから来た身としては、晴れ空なだけで幸せです。
 


そして夏は、バルカン半島から眺めたこのアドリア海を、この冬はイタリア側から眺めている、というのがなんとも新鮮でした。

バルカン半島旅行記は下記をご参照くださいね:
バルカン旅行記①~世界遺産の旧市街、モンテネグロの街コトル~
バルカン旅行記②~魅惑のボスニア・ヘルツェゴビナ、首都サラエボへ~
バルカン旅行記③~サラエボ2日目と世界遺産モスタルの橋~
バルカン旅行記④~メジュゴリエ、ステチュツィ、そしてモンテネグロへの帰還~
バルカン旅行記⑤~夢のスヴェティ・ステファンとオストログ修道院~



海辺のお散歩していると、街のランドマークの教会がみえてきます。

バーリの聖人は実は、サンタクロース、こと聖ニコラウスなんですねえ。聖ニコラウスの遺体(聖人のご遺体は不朽体と呼ぶのだそうです、またひとつ学んだ)もまた、バーリのサン・二コラ教会におかれているそうです。巡礼に来る方も多いみたいですね。
 
聖ニコラウスの銅像がありましたよ。よくみると、プーチンがこの地を訪れ、この銅像を寄贈していたっと書かれたパネルがありました。
こんな場所まで来て、キリル文字をみるとは思いませんでした笑。

聖二コラ教会。


バーリの小さな街、かわいかったです。






それから、バーリから50km弱、今日の目的地その1に向かいます。


じゃーん!!



乙女の夢、世界遺産アルベロベッロです。さすがにここは日本人もたくさん見かけました。ツアーで来るのかな。


伝統的なおうち、トゥルッロがかわいらしいですね。



アルベロベッロをさくっとみて、適当にその辺のお店で腹ごしらえして、今日の目的地その2に向かいます!




階段を降りていくと…


じゃーん!

こちらも世界遺産のマテーラの洞窟住居です。映画の撮影地にも度々なっています。

この場所は、南部イタリアの貧しさの象徴とされることがしばしあったようですが、1950年代に住民を強制移住させ、一時無人となったのち、改めて見直され、世界遺産に登録されたそうです。

作者近影に使って欲しい夫写真。


アップダウンがけっこう激しいです。

私はなんとなく、アルジェのカスバを思い出しました。


マテーラで食べたおやつ、ライスコロッケ!(とエスプレッソ)




さあ、二つの世界遺産をみたところで、大移動開始。
次の街、本日のお宿をとった街、サレルノへ移動です。

ブーツを横断します!!


サレルノの夜以降は旅行記②にて続けたいと思います。



尚、夫が書いた3年前のイタリア年末年始旅の記録はこちら:
ローマでカウントダウン! / コロッセオでの大晦日カウントダウン
ローマで休日 / バチカンとローマの遺跡系まとめ
アドリア海の真珠 / ベネチアまとめ
ミラーノ / ミラノまとめ
イタリア料理集 / 食べたもの総まとめ
※シンプルすぎるタイトルなので、奥様が補足を加えました笑。


今回の旅行記の続き:
南イタリア横断の旅②~サレルノとアマルフィ海岸、そしてポンペイへ~
南イタリア横断の旅③~ナポリを見てしね~





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モルドバ訪問記~ワイン祭りとワイナリー訪問、飲むだけの旅~

2017年12月22日
 さー、こちらも早くも2ヶ月以上の時が経とうとしていますが、モルドバに行ってきたので、備忘録がてら書いていきます。


多くの方が、モルドバってどこやねん、と思うことでしょう。ここです。ウクライナのすぐ南。



まず、元々数年前から私にはモルドバを訪問したいという夢がありました。

何故か…?


それは、ソ連のワイン産業を一手に担う、大ワイン大国だからです。
そして、世界最大のワインの地下貯蔵庫があると聞いてからは、絶対に行く!!と心に決めていました。


しかし、小さな国なので、そんなにやることがないかもしれないという危惧を抱く中、「モルドバ・ワイン祭り」というイベントが毎年国を挙げて開催されると知り、訪問するならそのタイミングで行くことにしようと決心。
2017年のワイン祭りは10月の1週目の週末開催でした。よし!ここしかない!

気になる方の為にワイン祭りの記事を残しておきます↓
http://www.moldovaholiday.travel/index.php?option=com_k2&view=item&id=111:moldova-wine-festival-national-day-of-wine&Itemid=90&lang=en


さあ、飛びます。例の如く、金曜仕事をしたあと、20時半くらいのフライトで飛びます。
なんと飛行時間50分。国内便並み笑。




到着しました。英語が通じないであろう旧ソ連圏の一人旅は初めて(リトアニアも一人だったけど大体英語通じたし)なので、ドキドキです。

空港、予想していた小ささ。ソフィア(ブルガリア)のLCC用空港とどっこいのサイズですね。


タクシーで予約していたアパートホテルまで向かう必要があります。
驚いたのはタクシーの運転手が、"Bona Sera!(ボナ・セーラ)"と言った事!イタリア語!!??と一瞬驚きましたが、すぐに、モルドバ語は言語としてイタリア語に近いと聞いた事を思い出したのでした。
イタリア語は趣味で学生時代1年履修しましたが、ほぼ何も覚えていないので、タクシーの運ちゃんとは、つたないロシア語で会話する事にして、なんとかアパートホテルまでたどり着きます。

今回アパートホテルにしたのは、お値段(一泊2000円くらい)と何より立地!
祭のある大通りから歩いて5分のとこに借りました。

アパートは特段お見せすることもない何の変哲もない部屋なので割愛。
無事にたどり着き、最初の晩は少しだけぶらぶら散歩して、眠りにつきました。

***************


はい、起床。8時くらいです。朝型なので、人がいようがいまいが、旅先では早起きです。
外で朝ごはんを食べるのが好きなので、アパートの近くで、美味しい朝ごはんが食べられそうなカフェをTrip Advisorで探します。

ぶらぶらカフェに向かって歩いていると、ぶどうのなったご家庭がちらほら。すてき。



そして、やっぱりここもソ連だったんだなあと思わせるものがあちらこちらに。
なんというか言語はラテン系、ローマ字アルファベットを利用していて、でもソ連っていうのが私の中では新しい感覚でした。改めて、ソ連という国が、一体どれだけの多民族・多言語の国民を抱える多文化国家だったのだろうと、思いをめぐらせる散歩になりました。

旧ソ連圏のどの国にもプーシキン通りがあって笑ってしまう。


こちらの革命パブめっちゃ気になりますね!行く暇なかったので、行った方がもしいらしたらレポートしてほしい。



カフェにたどりつき朝ごはん。コーヒーはなかなか美味でした。キッシュは普通。
TUCANO CAFE / http://tucanocoffee.com/en/

夫やら友人やらとLINEして、最近のモルドバ情勢等をお勉強。



それから、今日のメインイベント会場へ向かいます。キシナウの目抜き通りであるシュテファン・チェル・マレ大通りで開催されているワイン祭りです。

物々しい警備ですが、入口はこんな感じ。

ちなみに、調べたところ、シュテファン・チェル・マレ、通称シュテファン3世は、モルドバ公国の大公だった人で、反オスマン帝国を掲げて戦った人だそうです。また一つ賢くなった。通りに彼の銅像があったので、パシャリ。




朝一番に1人でワインを飲みに来る私もほんとどうかしてますね。

入口で参加費用200レイ(約1200円)を支払って、ワイングラスと、20箇所以上のワイナリーのグラスワイン試飲券が連なったクーポンセットをゲットします。ふっふっふ。私の飲んだくれデー、ついにスタートです!



さすがに飲み歩きは私もはじめて笑。首からグラスをかけて、うろうろ。気になるワイナリーがあれば、立ち寄って1杯いただきます。




伝統衣装を着た方々が、伝統的なワイン作りの方法をデモンストレーション。







ぶどうをつぶす機械。



そしてボトルワインのゆるキャラ笑。



ワインサーバーは初めて見たかも笑。




ワイナリーのブース以外にもシャシリク(BBQ)の屋台や、民芸品のお店もあって、みているだけで楽しい!お天気は微妙ですけれど。


可愛いかごを買いたかったけど、かさばるので、最低限の荷物で動く私は断念。


パン類はバルカン半島で見かけたものを思い出す感じのやつら。パイ生地の。



大通りの真ん中にはキシナウのランドマーク、凱旋門があります。まあ、その…小さいですね?



ステージではダンスや有名人のスピーチ等の催し物が。


セキュリティのすごさから、ドドン大統領が来るのかなーと思ってましたが、残念首相しか来なかった。


音楽隊が凱旋門の下で待機していました。






3杯飲んだところで、次の地へ向かいます。

タクシーに乗って夢の!世界一大きなワインの地下貯蔵庫、クリコバワイナリーへ!
ちなみにクリコバの街は、首都キシナウから少し北にあります。ワイナリーの前で、モスクワから飛んでくる同期と集合です。(尚、同期は空港からタクシー直行でワイナリーへ笑。)
 


タクシーの途中で私がスーパーに寄ってもらって、大きな水のボトルを買ったので、テイスティングツアーに参加すると伝えていた運転手さんが「どんだけ飲むの」と大笑い。

ぶどう畑をつっきります。




クリコバワイナリー、地下120km(12kmじゃないぞ!)に渡って広がる地下貯蔵庫の見学&テイスティング・ツアーに申し込んでありました。

同期は間に合わないかも…と思い1人で向かおうとしたギリギリのタイミングで合流!
という訳で、カートに乗って、地下貯蔵庫へれっつごー!


ツアーはこちらから申し込めます↓
http://cricovavin.md/en


大量のワイン!
 

ワイン!


ワイーーン!


大量のワインをみて同期が一言。「これ在庫実査どうしてんのかな…」。お仕事脳!
でもいわれると確かに。時がすぎれば自動的に減価償却する性質の資産ではないし、かといって、時が経てば自動的に価値があがる訳でもない。しかも実査して品質チェックを行い、駄目になっていたら廃棄しなきゃいけない。どんな引当を立てているんだろう…?同期とあーでもないこーでもないと議論。

いけないいけない。話題がそれました。



色んな著名人がここを訪れ、自身のボトルを保管しています。

プーチン、メルケル、エルドアン、ポロシェンコ、ガガーリン…。



こちらはウクライナ大統領のポロシェンコボトル。
 

こちらはメルケルボトル。



埃を被ったヴィンテージボトルもありました。一番古いのは1902年にエルサレムで作られたワインで、世界でももうこれ一本しか残っていない!どれだけ大金を積まれても売らない!と言ってました。



7種のテイスティング、我々が通されたのは、通称ガガーリンルーム。
 
ガガーリンはこのクリコバワイナリーで1日行方不明になり、見つかったときには完全に酔っ払いだったそうです。なんて素敵な失踪!直筆メッセージが残ってました。


いただきます。うふふ。スパークリング2種、白2種、赤2種とロゼ1種の計7種を試飲。

神の雫風にコメントする大会を同期と開催するも、なかなか上手い事言えなかったのが悔しい。



ほかにもいくつかテイスティングルームがありましたが、地下に広がる巨大ゴージャス空間は、なんだか悪の組織の秘密基地を思わせるものがありました…。こちらはなんか、よくわからないマリンをイメージしたテイスティングルーム。


モルドバ伝統スタイルのテイスティングルーム。外交時の会議も行ったりする模様。




テイスティングが終わる頃にはなかなかの酔っ払い…。(しかも7種と書いてあったけど、おまけで更に2種飲ませてくれた。)いろんな国からツアー客がいたので、色んな言語でみんなと乾杯しました。楽しかった。


しかし飲んだくれデーは終わっちゃいませんよ!


タクシーで再びキシナウに戻り、ワイン祭りの残った試飲クーポンで、日が傾く中、限界まで挑戦です。






結果、人生で一番ワインを飲んだ一日になりました。20杯くらい飲んだでしょうか?途中からカウントすることも諦めました。夕暮れにはもう固形物は受け付けられない状態に…。スープを18時くらいに飲んで、限界を感じて早々に解散。

余談ですが、スープを飲んでいる時に、可愛いモルドバ人大学生に日本語で声をかけられました。とても流暢でびっくり!そして、モルドバで日本語教育に携わっていた友人のことを思い出し、世界各国で日本語を教える仕事をしている人々に、改めて尊敬の念を抱いたのでした。お疲れ様です、みなさま。



グロッキーになりながら、キシナウにお別れ。グッバイ。たった1日半の旅だったけど、忘れられない旅になりました。








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バルカン旅行記⑤~夢のスヴェティ・ステファンとオストログ修道院~

2017年11月07日
さて、終わらなかったバルカン旅行記、今度こそラストです。



モンテネグロといえば、な憧れの場所へ向かいます。




そう!!!Aman  Sveti Stefanで有名な、Sveti Stefan島です。


見えてきたー!!
 


Sveti Stefanは、元々漁村として人が住み始めた村だったそうですが、今は島全体が高級リゾートとなっています。ここ30年はアマンリゾートが賃借契約しています。
昔は潮が引いた時にだけ、陸続きとなる島でしたが、今はいつでも渡れる道が作られています。
 


宿泊客とレストラン利用客以外は島に入れない、という事で、我々はレストランを予約していました。(一応宿泊も調べてみたけど、ハイシーズンで、一番お安いお部屋でも、気が遠くなるお値段だったのであえなく却下。)島の入口はシック。中も小さな小道に、緑のツタが生い茂って、本当に美しいです。



振り返ると海が見えたり。



念願のお食事。島には二つレストランがあるものの、ランチをやっているのは片方のみです。お値段はリーズナブルな範囲でした。(恐れていたけど。)そして、とても美味しかったです。



ちなみにトイレが見つけ出せなくて迷ったのですが、トイレは一軒家になっていて、広くて素敵で、いい香りがして、「もうここに住みたい!!」とMちゃんが言い出したほどでした笑。


この小さな島には教会が4つ(確か)もあるそうです。島はVIP用なので、全域を自由に歩く事はできず、ここから先は入っちゃダメ、と言われますので、許された場所にある教会をちらりとみてきました。かわいらしいです。




ちなみに、このSveti Stefanと本土を繋ぐ小道をはさんで、片側は庶民ビーチ、片側は高級ビーチです。

高級ビーチのビーチセット、100€という看板をみて、格差社会の縮図だなあ、などと思いながら、お腹いっぱいの我々は、この地を後にしたのでした。笑。



それから、帰りにはコトルの手前の、ブドヴァという街へ寄ることにしました。
お、これは我らの愛する要塞の町ですね。
 


このブドヴァがまた、とても素敵だった。ドブロブニクやコトルと似た雰囲気で、赤い屋根の海を臨む城塞の街です。
 


正直コトルよりも好きだった。人は少ないけど、美しさは格別。
 
とても気に入りました。城砦好きには楽しい町です。人にもお勧めしたいです。



港では、お魚屋さんが新鮮なお魚を売ってましたよ。







そうしてまた、我々の愛するコテージに戻ってきました。またスイミングして(D氏はシュノーケリングにいそしむ)、ビール飲んでのんびりしました。
夕暮れとモンテネグロ・ビール!そして、南欧限定プリングルス、初めて見たー!ローズマリー&オリーブオイル味ですって!



D氏が見つけた小魚↓






夜は近場のレストランに行ったのですが、外灯ゼロ、道、暗っ!!携帯のライトをかざしながら3人で歩きます。車はしかもハイスピードでつっこんでくる。



そして、なんとかたどり着いたレストランでは、出てくる量を完全に見誤って、食べ過ぎで死にかけるという出来事がありました。

この写真では多分伝わらないのですが、イカ墨リゾットの後ろにある、大量の魚介のフリッターの下には、トマトソースベースのこれまた大量の魚介リゾットが隠されているのです。フリッターにリゾット2人前がついてくるなんて想像しなかった我々は、単品でもリゾットを頼み、加えて巨大なサラダも2皿も頼んでしまい、完全に過剰…。お腹パンパンになっても、半分も減ってなかった…笑。お店によって量が違いすぎて、なかなか難しいものだなあと痛感。



食べすぎで疲れて帰宅、即就寝。おやすみなさーい。



*********



翌日は、また海を離れて車で山へ向かいます。行き先はオストログ修道院です。

山の中のカフェでコーヒーを一杯。
お店はランチの仕込中だったのですが、よく見ると、運ばれている子羊…(皮は剥いだあと…)。



途中、美しい雲海が見えました。


雲海の横で西瓜も売ってました。売れるのかなあ。




恐怖のぐねぐねした細い山道を越えて、ようやくオストログ修道院が見えてきました。断崖絶壁に建てられている白い建物が、それです。



このオストログ修道院、17世紀前半に聖ヴァシリエという修道士によって建てられ、モンテネグロ最大の聖地と言われているそうです。毎年10万人が訪れるとか。


車では途中までしか行けません。たどり着くには山道を登ります…。

汗をかきかき、ぜえはあ息も荒く…体力の衰えを感じる30代が3人…。しかもこの階段がすごい滑りやすいんだな…。行かれる方は、ちゃんとした靴で行こうね。あと、一応聖地だから、手足や頭を隠すものを準備してね。


さて、漸くたどり着きました。確かに、こんな奥地とは思えないほどの人が、頂上にはいました。
 


イコンやカレンダー等が売っているショップも入っていました。太陽がギラギラ照り付けてきます。汗だく。




この岩壁に建つのは、聖十字架教会です。ここに入るには、長蛇の列が出てきています。我々も小一時間待ちました。しかも灼熱の下。夏に行かれる方はご注意ください。
 


漸く中に入ると、景色はこんな感じ。ひゃー、絶景!
 


また、生神女進堂教会の中には、この修道院を建てた、聖ヴァシリエの遺体が安置されており、巡礼に来た人々は、その棺にキスをして祈ります。
1時間並んだ我々は疲れ果てて、10人入るのがやっとというサイズの小さな祠。特に正教徒でもないしいいか、と棺にもキスをせず、出てきたのでした。(写真撮影禁止なので、気になる人は自分でみにいってね!)

他にも美しいフレスコ画やイコンが飾られていました。写真が撮れなくて残念。





さあ、山をくだります。すごい道がばかり…。私は完全にびびってD氏に運転丸投げ。更にびびりのMちゃんは絶叫しながら、絶壁の道を走ります。ギリギリすれ違えるかどうか、部分的には完全に1台しか通れないような、落ちたら死ぬ道が続きます…。



こんな細い、ヘアピンカーブのようなぐねぐね山道が続く中、クロアチアナンバーの暴走車が、追い越し禁止斜線で我々を追い越し、我々3人は大ブーイングでした。
その後同じ車両が、なんと更に2車両一気抜きしたので、「あの車ほんとやばいね、警察に捕まってしまえ!!」と言った瞬間、後ろから大音量でパトカーのサイレンが鳴り響き、あれよあれよと言う間に例のクロアチア車はつかまったので、私とMちゃんは「「ざまあー!」」とハモり、そのあまりの綺麗なハモり具合に、また3人で大笑いしたのでした。



山を下って、お昼はムール貝!コトル湾では、牡蠣やムール貝の養殖が盛んで、車で走っていると、いたるところに看板や、養殖場を見かけていたのです。



3人で黙々と早食い競争。私は堂々の2位でした。笑。



またコテージに戻り、のんびり泳ぎ、D氏はちょっと仕事をして(私はしない)、穏やかな夕方を過ごします。



最終日の夜は、コトルの小奇麗なレストランで魚介。
「インスタ映え!」と言いながら、お写真を撮る笑。





*************




そして最終日はティヴァトの町を探検。
訪れたのは、"Montenegro Porto"と呼ばれるエリア。


どうやらモナコみたいな場所を目指しているようです。確かに高級そうな個人所有のクルーザーがたくさん泊っていて、ヤシの木がうえられていたり、おしゃれなカフェがあったりします。
 


折角だから日に焼けた体を癒しに、スパにいこう!ということで、女子は順番交代でフェイシャルのスパを予約。スパはこちら↓
http://puravida-spa.com/


Mちゃんがスパでくつろいでいる間、私はD氏につきあってもらって、こちらの博物館にやってきました。
https://www.portomontenegro.com/en/village/museum




外には鯨の親子のような潜水艦が二隻、展示されています。
 


ドックが改築されて、博物館になっています。屋内には、色んな部品や、小型の潜水艦等が展示されていて、なかなか興味深かったです。お好きな方には楽しいと思います。






ランチはイタリアンを頂きました。さすがイタリアの支配下にあったこともあるだけに、美味しいです、とても。最後の魚介堪能チャンスと思って、勿論魚介のメニューを選びます。




ご飯を食べて、スーパーをちら見して、ティヴァト空港へ向かいます。


ティヴァト空港、あまりの規模の小ささです。まず1階建てだし、パスポートコントロール越えた先には、カフェもなくて、トイレが一つ、免税店が一つ、人数に見合わない少ないベンチ、空調なしときました。私は1時間ほど、じわりとおでこに汗をかきながら、地べたに座って待ちました。辛かったです。

しかも行き先が、同じ時間帯に待っているフライトがサンクト・ペテルブルク、モスクワ、ミンスク、キエフだったので、またしても「鉄のカーテン最南端…!」と思い知るのでした。

来た時同様、滑走路を歩いて、タラップまで移動。それではグッバイ、モンテネグロ!






はー、しかし最高の夏休みでした。願わくば夫も居て欲しかったけど、またの機会に二人で再訪したいと思います。バルカン半島はもっと開拓したいですからね、ぜひとも。

そんなこんなのバルカン旅行記でした。気付いたら旅から2ヶ月もたってしまってたわ。お付き合い有難う御座いました。


そして重ね重ね、素晴らしいプランニングと長い道のりの運転をしてくれたA家にお礼を。
ストレスフリーのこんなに楽しい旅になったのは、二人のおかげです。



これにてバルカン旅行記終わり。



◆バルカン旅行記
バルカン旅行記①~世界遺産の旧市街、モンテネグロの街コトル~
バルカン旅行記②~魅惑のボスニア・ヘルツェゴビナ、首都サラエボへ~
バルカン旅行記③~サラエボ2日目と世界遺産モスタルの橋~
バルカン旅行記④~メジュゴリエ、ステチュツィ、そしてモンテネグロへの帰還~
バルカン旅行記⑤~夢のスヴェティ・ステファンとオストログ修道院~(このページ)





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バルカン旅行記④~メジュゴリエ、ステチュツィ、そしてモンテネグロへの帰還~

2017年11月01日

さて、ボスニア3日目。
モスタルの橋をもう一度みてから、次の町へ出発です。


次に目指すは!メジュゴリエという町です。



この町、何が特殊かというと…。
「1981年6月24日から今日まで、毎日マリア様が出現していると主張する人がいる町」なのです。
6人の青少年が聖母マリアを目撃し、以降、毎日彼らの前に現れているということのようです。
(Wiki項目もあるので、詳しく知りたい方はそちらをどうぞ→「メジュゴリエの聖母」)

ちなみにマリア様が人々の前にその姿を見せることを、「顕現(けんげん)」と呼ぶのだそうです。マリア様は世界各地で姿を現していて、それが本物である場合、カトリック教会と教皇庁が公認するのですが、メジュゴリエの聖母出現は、疑問視する声もあり、正式に公認されていないそうです。(今調査団が調査中とか。)


ふうん…?
無宗教の私、なんともいえない気持ちでメジュゴリエについて調べます。



そして、何もない場所に突如現れる綺麗に舗装された道、人・人・人、スピーカーから聞こえる祈り、そして大きな敷地の教会…。



「これが顕現マネー…」と呟く我々。
 


新しそうな教会。ちょうどミサをやっていましたが、色んな言語で同時通訳されていました。
無料駐車場には、色んな国のナンバーをつけた車と、たくさんの観光バスが停まっていて、本当に不思議な空間。



ショップはとにかく宗教関連雑貨のお店が多かったです。



しかしまあ…無宗教の私は、なんともいえない、しょっぱい顔つきでこの町を通り過ぎたのでした。
わからないよ…人を救うために神がいるなら、どうしてユーゴ紛争は起きたのだろうね。
(信仰をお持ちの方を否定するつもりはないので、あしからず。)




次に、2016年に世界遺産になったばかりという、「ステチュツィ」へと向かいます。

うっかり一度通り過ぎました。こちらの場所のようです。



ステチュツィとは、中世にボスニア王国の領土であった場所において見られる墓石群のことで、クロアチアやモンテネグロ、セルビア、ボスニア等にまたがって存在しているそうです。(地名ではなくて、Statueと同じ単語を語源とする墓標自体を意味する言葉と勝手に理解。)

Wikiによれば、色々謎はあるものの、11世紀~15世紀頃まで作られていたそうです。

この墓標に刻まれたなんとも愛嬌のある絵たち。ふむ、これらはとても私の好みです。


馬や武器や、人々の営みを感じられる絵が刻まれています。



でもまあ、長居する場所でもないので、さくっとこの場所も後にして、出発。





ボスニアを出国すべく、また疾走。
ボスニア域内で気付いたのは、何度も見かけるこの国旗と看板。一瞬ロシア?と思う色合いなのは、色々調べてみて納得したのでした。

ボスニア・ヘルツェゴビナは、実はボスニア・ヘルツェゴビナ連邦と、スルプスカ共和国という二つの国からなる連邦国家なんですね。要は、ムスリム系のボスニャク人が多く住むボスニア・ヘルツェゴビナ連邦と、セルビア系キリスト教徒が多く住むスルプスカ共和国、という住み分け。領土比率は丁度半分ずつです。

そして、この2つの国のボーダーラインがなんと入り組んでいることか(Wikiの地図のリンク張っておきます)。いかに民族が混じって暮らしてきたかという証明であったような気がします。それゆえ、走っていると、何度もスルプスカの領土を出たり入ったりすることになったのでした。

あと、もひとつすごいなーと思ったのは、スルプスカ共和国のスペルが驚異の子音の連続だということ笑。キリル文字だと、"Српска"、アルファベットだと、"Srpska"です。どうやって発音したらいーの!笑。



国境って、連邦って、民族って、宗教って…などと答えのないまとまらない考えを頭のなかでめぐらせながら、行きと同じ国境の検問を通って、ボスニア出国です!




海が見えてきた!モンテネグロに戻ってきました。ここからはもう暗い話はなし!



ボスニアのお肉は美味しかったけれど、海鮮に飢えていたので、めちゃくちゃお昼ご飯を我慢して、ヘルツエグ・ノビという海辺の町まで戻ってきて海鮮。思い出しても美味しかったなあああ。




そして、遅いお昼のあと、漸くコトルまで戻ってきました。今回のお宿は、コトルの喧騒からは少し離れたコテージ。部屋からダイレクトに海につながっている素晴らしいお宿!!寝室から見えるアドリア海!ベランダに広がるオーシャンビュー!




Mちゃんの采配に脱帽です。階段を降りると海!




海から見た我々のコテージはこんな感じ(A家の防水カメラ優秀!)。両手を挙げてるのは、多分私。笑。
 


日もじわじわ落ちてきて、夕暮れの中、ひと泳ぎ。モンテネグロビールいただきます!




今回の旅では、毎日夕日を見守る事ができて、すごく穏やかな気持ちで過ごす事ができました。
この晩はお昼も遅かったので、スーパーでちょこちょこ買い込んで、家でのんびりと過ごしました。


あと、近くのオープンしたてのカフェで、モンテネグロワインもいただいたよ。
 

コトル湾の夜景はこんな感じでした。



ほろ酔いの素敵な気分で就寝。





*****



さて、翌日はコトル湾のクルーズに行くことに。3時間で30ユーロです。
湾にはかなり大きなクルーザーも停泊していました。勿論我々が乗るのは、小さな船です。





さあ、出発!!
んわあ、すごい揺れ!美しい山並みと海なのに、傾いた写真しかとれなーい!我々の髪の毛も相当すごい感じに逆立ってます!





まず立ち寄ったのは、冷戦時代に潜水艦のドックとして使われていた場所。カモフラージュされています。ユーゴスラビアが、鉄のカーテン最南端であったことを思い出させられます。


ドック内から外をみた時の様子。隠れ家ってなんかわくわくしますね。


ちなみに、世界各国に捨て置かれた潜水艦ドックはたくさんあるようです。
調べたらウクライナにもあった。興味あり。 気になる方はこちらのサイトを↓
10 Abandoned Submarines Bases & Sub Pens of the World




それから、お次はダイバーズスポット、難破船。ダイビングもいいですねえ。





そして、湾を出て、外海に出ます!第一次世界大戦にて監獄として使われていた島を横目に通り過ぎます。うーん、ここには収監されたくない!!(いや、ここに限らず、どこにも収監されたくないけども)





そうしてやってきたのが、青の洞窟。言葉は要りませんよね?写真だけ載せときます。


 






洞窟でひと泳ぎしたのち、湾のほうへ戻ってきます。水はめちゃくちゃ冷たいです。
でも透き通っていて、奥深いところで泳ぐ魚の姿も見えます。




ババババと音がするので見上げたら、プロペラ機が飛んでいました。
「これが本当のアドリア海の飛行艇!」と、「紅の豚」を思い出しながら感動する我々。





そして、次にコトル湾に浮かぶ小島に建てられた教会へと向かいます。



岩礁のマリア教会というそうです。英語だと、Our Lady of the Rocks。

上陸!
とても小さな島です。こういうクルーズでなければ、ぺラストの町から船が出ているので、そちらからも行けるそうです。


15世紀にこの岩礁に乗り上げた漁師が、聖母マリアのイコンが流れ着いているのを発見し、それを祀る為に建てられたのだとか。

教会の中はこんな感じ。

教会の中からみる海も美しいですね。


素敵な3時間でした。ちょっと潮風は肌寒いけどね!



そしてクルーズを終えて、この後、今回の旅の一番といってもいいくらいの見所がやってくるのですが、この記事が長すぎておさまらなさそうなので、④で終えようと思っていた、このバルカン旅行記ですが、次に続きます。次がラストです!





◆バルカン旅行記
バルカン旅行記①~世界遺産の旧市街、モンテネグロの街コトル~
バルカン旅行記②~魅惑のボスニア・ヘルツェゴビナ、首都サラエボへ~
バルカン旅行記③~サラエボ2日目と世界遺産モスタルの橋~
バルカン旅行記④~メジュゴリエ、ステチュツィ、そしてモンテネグロへの帰還~(このページ)
バルカン旅行記⑤~夢のスヴェティ・ステファンとオストログ修道院~






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